第四十話 襲撃者
爆発によって、岩山が崩れた。
崩れた岩山から、大量の土砂が降り注ぐ。
遠征団は、その土砂によって列の中央で分断されてしまった。
後方の冒険者の集団は、慌てふためいていた。
突然のことで、何が起こったのかを把握できなかったのだ。
どうやら、崩れてきた土砂に埋れた者もいるらしい。
何人かの冒険者が、土砂を掻き分けて人命救助を行っていた。
土砂で出来た壁の向こうでは、大魔道士を中心とした騎士と貴族の部隊が孤立していた。
彼らは、冷静に周囲を確認する。
すると突然。
ピューーーーー!
何処からか、何かが飛び立つような音がした。
全員が、一斉に上空を見上げる。
するとそこには、無数の火の玉が飛んでいた。
空を埋め尽くすほどの無数の火の玉が、こちらを目掛けて落下してくる。
大魔道士は冷たい視線で、その光景をじっと眺めた。
彼女は、自分の身長ほどある大きな杖を、体の前に静かに構える。
そこへ、無数の火の玉が飛来した。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
火の玉は地面へ着弾すると同時に、次々に爆発した。
周囲は爆発により巻き上げられた砂塵で、視界が悪くなる。
その砂塵の中で大魔道士一行は、微動だにせずに立っていた。
大魔道士が、全員を包み込む巨大な魔法障壁を作って防御していたのだ。
ハウンドが、彼女の隣で大きなあくびをした。
すると今度は、砂塵の中から雄叫びが聞こえてきた!
ウオオオオオオオオオオッ!
砂塵の中に、フードを被った魔術師の集団が迫ってくるのが見えた。
彼らは声を張り上げ、大魔道士目掛けて突撃してくる!
ハウンドは突然、笑みを浮かべた。
「白兵戦か! 最高だ!」
彼の後ろでは貴族達が、迫り来る敵の姿を見て弱腰になっている。
ハウンドは、近くにいた初老の男に声をかけた。
「大魔道士様は、君に任せた! 私は戦場へ行ってくるよ!」
「そんなっ!」
男は止めようとしたが、ハウンドは気にせず砂塵の中へと入っていった。
大魔道士は、表情一つ変えずにその様子を見ている。
次の瞬間!
側面から彼女に向かって、黄色い光が高速で接近して来た!
初老の男が咄嗟に気付き、間に割り込む。
すると光は、高速で男の背後へと抜けていった。
同時に、彼の右腕から血飛沫が上がった。
この攻撃は、ロックウォール侯の時と同じ手法だ。
「うおおおおおおおおおおお!」
男は思わず、声を上げた。
近くにいた、騎士団の隊員が急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
隊員が言うと、何処からか魔法攻撃が飛んできた!
攻撃は隊員の頭に直撃し、彼は血を流して倒れた。
気づけば、側面から無数の魔術師の集団が接近していた。
騎士達は、杖を構えて魔法で迎撃する。
突然、近距離での魔法の撃ち合いになった。
騎士も襲撃者も、お互いに被弾して次々に倒れていく。
大魔道士はその様子を見て、杖を横に大きく振った。
すると、たちまち突風が起こる。
視界を遮っていた、砂塵が吹き飛ばされた。
そして、戦場の様子があらわになった。
大魔道士達の周囲を、無数の魔術師が取り囲んでいた。
彼女は、杖を掲げる。
攻撃魔法の準備だ。
彼女の杖の先には、凄まじいエネルギーが集まっていた。
その時。
ピューーーー!
再び、上空から音がした。
またもや、無数の火の玉が飛来する。
大魔道士は咄嗟に、攻撃魔法を取りやめ、防御魔法に切り替えた。
彼女は、魔法障壁を作る。
その上に、無数の火の玉が降り注いで爆発した。
そして辺りは、再び砂塵に包まれた。
彼女の後方から、騎士の男が近づいて声を掛ける。
「大魔道士様は、防御に徹してください! 敵は、我々が仕留めます!」
彼女は何も反応せず、ただ正面を向いた。
砂塵で視界が悪い中を、魔法攻撃が飛び交う。
至る所から雄叫びと、爆音が響いた。
そんな中、片腕を失った初老の男が一人這い回っていた。
彼は、安全な場所を探して彷徨う。
すると突然、若い男が声を掛けてきた。
「てめぇは、アルバート爺さんの弟だな?」
男が振り向くと、黄色く目を輝かせた銀髪の男が立っていた。
ファングだ。
片腕の男は、恐怖で怯えた。
「な、なぜ兄上の名を!」
ファングは、ゆっくりと歩み寄って言った。
「まあサブターゲットだが、しっかり仕留めさせてもらうぜ!」
片腕の男は、取り乱した。
急いで、立ち上がって逃げようとする。
ファングは不敵な笑みで、逃げる男に襲い掛かった。
その時!
「疾風モード!!」
砂塵の中から、声が響いた。
ファングが、声の方向を向く。
すると、顔のすぐ横に拳があった。
「グハッ!」
ファングの頬に、拳が命中する。
彼は驚いた。
そして、自分を殴った拳の主を睨みつけた。
「あぁ!? てめぇは……」
彼の目の前には、拳を構えたクリフが立っていた。
ファングは、すぐに思い出す。
以前、橋の上で戦った男だ。
しかし、何やら以前とは雰囲気が違う。
「てめぇは、あの時の冒険者か!」
「まさか、再び会うことになるとはな!」
ファングは、すぐに戦闘態勢をとった。
そして、問答無用でクリフに襲い掛かる。
「俺らの邪魔すると、命はねぇっつたよなぁ!!」
ファングは鋭い爪で、クリフの頭を引き裂いた!
と思った。
しかし、攻撃が命中した感触がない。
ファングは、驚いて振り返る。
「残像!? どこ行きやがった!」
「こっちだ!」
ファングが声のする方向を振り向くと、クリフの拳が目の前まで迫っていた!
ファングは驚くも、ギリギリで拳を回避する。
しかしクリフは、連続で追い討ちを打ち込む!
ファングは回避しながら、クリフの隙を探した。
そして一瞬、クリフの胴体が空いたところを見計らって鋭い蹴りを入れる!
これは貰った!
ファングが、そう思った瞬間。
クリフは冷静に、ステップで後退した。
ファングの自慢の蹴りが、回避された。
なんということだ。
前回会った時とは、まるで別人だ。
ファングは、クリフの成長ぶりに驚いた。
ファングは、不敵な笑みを浮かべた。
「おもしれぇ!」
しかし彼は言うと、急に真剣な表情になった。
「だが、残念だぜ……。こっちは予定が立て込んでんだ!」
彼は突然、両手の拳を胸の前で合わせた。
そして、体の中心に魔力を集中させる。
クリフが警戒した、次の瞬間!
ウオオオオオオオオオオオン!
突然、ファングの体から衝撃波が走った!
彼の全身の体毛が、一気に伸びる。
爪や牙が、大きく鋭くなっていく。
ファングは一瞬にして、白銀の狼男へと変身したのだ。
彼は、鋭い牙の間から荒い息を吐き出した。
「ブッコロスッ!」
彼は叫ぶと、クリフに向かって突進した!
速い!
先ほどまでと同じ人間とは思えない。
クリフは、ギリギリで攻撃を回避する。
しかしファングは、すぐさま追撃してくる!
彼の攻撃が、クリフの顔をかすめた。
クリフは、頬から血を流す。
ファングは、まるで踊るように次から次へと攻撃を仕掛けてきた。
これでは、回避がやっとで攻撃に回れない。
そこで、クリフは叫んだ!
「我が拳は鋼となる!」
彼は、腕を硬化させた。
ファングの攻撃を、硬化した腕で受け流し、攻撃に回る。
クリフは相手のパンチを体の横に流しながら、ファングの腹に鋼鉄のパンチを打ち込んだ!
ドンッ!
これは、結構なダメージが入ったはずだ!
ファングは、一瞬よろめく。
しかし、すぐさま体勢を立て直し、再び猛攻撃を仕掛けて来た。
ファングは目にも止まらぬ速さで、地面に空中に自由自在に動き回った。
彼は腕を大きく振りかぶって、クリフの頭を狙う!
クリフは咄嗟に、姿勢を低くして回避した。
すると、クリフの後方で岩が崩れた。
ファングの爪で、岩が切り裂かれたのだ。
切り裂かれた岩は、真っ直ぐ綺麗な断面をしていた。
危険な一撃だ。
一度でもあの鋭い爪を受けたら、体は紙のように切り裂かれてしまうだろう。
クリフは防戦一方で、反撃に出られない。
これでは、あの橋の上での戦いと同じ末路を迎えてしまう。
クリフの脳が、現状打破のためにフル回転を始めた。
どうする。
どうやって、切り抜ける。
その時、再びファングの大ぶりの攻撃がクリフに襲い掛かった!
クリフは意を決して、ファングを睨んだ!
そして唱えた!
「鋼鉄モード!!」




