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第三十八話 ヤマネコ

 気を失った魔王教団の女を、騎士団の隊員が連行する。

 ハルは、テキパキと隊員に指示を出した。

 お陰で全ての作業は、スムーズに終わった。


 ハルは現場の様子を確認してから、一度本部へ戻ることにした。

 本部への、報告もしなければならない。


 他の隊員は念の為、周辺地域の警戒にあたる事になった。

 ハルは隊員たちと別れ、本部のある王城の方へと歩き出す。

 王城へは、大通りを経由した方が早い。

 ハルは、住宅街から大通りへ通じる路地を歩いた。


 すると突然、後方から誰かが呼び止める声がした。


「若い騎士殿」


 少し年老いた、男の声だ。

 ハルは、声のする方を振り向く。

 すると、そこにはフードを深く被った男が立っていた。

 ハルは、男に声を掛ける。


「どうされました?」


 男は答えた。


「騎士様に是非、お話ししたい事がございます」


 ハルは、更に尋ねる。


「はい。何でしょう?」


 男は、周囲を見渡した。

 そして、静かに言った。


「ここではお伝えする事ができません。今夜、大通りにある酒場の二階にいらして下さい」


 ハルは、訝しがるような目で男を見た。


「この場では話す事ができないと?」

「はい……」


 ハルは考えた。

 いったい、この男は何者だ?

 そう彼女が考えていると、男は続けた。


「貴方様が追っている事件について、我々は情報を提供できます」

「!!」


 男はそう言うと、路地から走り去った。


「待て!」


 ハルは、男を追いかける。

 男は、路地の角を曲がった。

 ハルも、それを追う。


 しかし、彼女が路地の角を曲がった時、すでに男の姿は無かった。

 彼女は、誰もいない通りを呆然と見つめた。




 その夜。

 ハルは、騎士団の信頼できる者を数人引き連れて、酒場を訪れた。

 彼女たちは目立たないように、全員ローブに身を包み、フードを深く被っていた。


 酒場は、相変わらずの盛況ぶりだ。

 王都襲撃事件の後も、冒険者や商人はひっきりなしに訪れていた。


 しかし、冒険者の数は以前よりも少ない。

 と言うのも、つい最近、大魔道士の大遠征が世界樹へ向けて出発したのだ。

 多くの冒険者は、その遠征に参加して王都を後にした。

 今残っている冒険者は、大遠征に間に合わなかった者達だろう。


 ハルは、酒場の二階を見上げた。

 二階は、吹き抜けとなっている。

 どうやら一階とは対照的に、二階は随分静かな様子だ。


 ハルは連れてきた隊員の何人かを、一階の階段下に待機させた。

 そして彼女は、二人の隊員を引き連れて二階へと登っていく。


 二階は明るいが、とても静かだった。

 時折、下の階から酔っぱらいの笑い声が聞こえてくる。


 フロアを見渡すと、一階と同様にテーブルと椅子が並べられていた。

 しかし、一つのテーブルを除いて全てが空席だった。

 奥のテーブルに、フードを深く被った男が一人で座っている。


 ハルは隊員を階段付近に待機させ、男の座るテーブルへと近づいた。

 男は立ち上がって、お辞儀をする。


「お呼び出ししてしまい、申し訳ございません」


 男は言いながら、ハルを席へ促した。

 二人は着席し、テーブルを挟んで対峙する。

 ハルはフードを脱ぎ、言葉を発した。


「それで、どのようなお話しですか?」


 男は一呼吸置き、答えた。


「まずは自己紹介をさせてください……」


 男は言うと、ゆっくりとフードを脱いだ。

 フードの下から、白髪頭が現れる。


「私はアルバート。アルバート・レインドロップと申します」

「レインドロップ!?」


 ハルは、その名前に驚いた。

 レインドロップ家と言えば、王都近郊に領地を持つ名家だ。

 そのレインドロップ家の人間が、なぜこんなにコソコソとしているのだろう。

 男は続けた。


「私は、家の掟に従わなかった為に追放された身です。今は弟が、家督を継いでおります」

「なるほど……」

「貴方様はレオンハート家の長女様ですね。お父様とは昔、お付き合いがありました」

「……」


 ハルは、男の目を見た。

 どうやら、嘘をついている様子ではなさそうだ。

 ハルは、尋ねた。


「アルバート様。私が追っている事件についてご存知のようですが、詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 アルバートは頷いた。

 そして、少し声を潜める。


「ここだけの話です。貴方様が追っている、人身売買事件の犯人……」

「……」


 ハルはじっと、アルバートを見た。

 彼女は、町で行われていた人身売買の流通ルートをずっと追っていた。

 ラークの調べで、売られた人々が王都に集められていると言う事までは掴んでいた。

 しかし王都に入ってから、人々がどこに送られているのかは不明だった。


 男は真剣な表情で、言い切った。


「ハウンド家です」

「……」


 ハルは考えた。

 もし、王都で秘密裏に人身売買を行えるとすれば、よほど王家に顔の効く者でなければすぐに足がつくだろう。

 そうなれば、王家に近い名門の家柄の者達が怪しい。

 ハルはその中でも、ハウンド家は特に怪しいと思っていた。

 王家から特権を与えられた、謎に包まれた家。

 それに、今回のハルとラークの昇進についても不自然だった。

 ハルとラークによる事件の捜査を、分断する意図があったようにしか思えない。


 アルバートは続けた。


「我々が、長年かけて確かめた情報です。間違いありません」

「……」


 ハルは一つ、気になる事があった。


「失礼ですが、我々とは? 貴方様はレインドロップ家を追放されておられるのでしょう?」

「はい……」


 アルバートは、ハルをしっかりと見つめた。


「我々の組織は、ヤマネコと言います」

「ヤマネコ……」


 聞いたことのない名前だ。

 彼は続けた。


「ここ十年で結成された組織で、世界樹の中に密かに本拠地を置いております」

「なんと、世界樹の中に……」


 何だか、突拍子もない話になって来た。

 アルバートは、一呼吸置く。

 そして、再び口を開いた。


「実は……」


 次の瞬間。

 彼の口から、驚くべき言葉が出てきた。


「ロックウォール侯を暗殺したのは、我々です」


 ハルはそれを聞いて、そっと魔法の杖に手を掛けた。


「何ですって?」


 アルバートは、冷静に話を続ける。


「我々の目的を達成する為には、なるべく王国側の力を削いでおく必要があったのです……」


 ハルは落ち着いて尋ねる。


「あなた方の目的とは?」


 アルバートは真剣な表情で、言い放った。


「我々の目的は、世界樹の破壊です」

「何ですって!?」


 ハルは、思わず大きな声を出してしまった。

 彼女は、周りを見渡す。

 そして、一度心を落ち着けた。


 世界樹の破壊を考えるとは、驚きだ。

 世界樹は、全ての資源の源でもある。

 それを破壊すると言うのは、大変なことだ。

 破壊する理由は、いったい何なのだろう?

 彼女には、見当もつかなかった。


 アルバートは続ける。


「我々の目的の達成には、大魔道士の遠征が邪魔になります」

「……」

「故に我々の次の計画は、大魔道士の暗殺です」

「!?」


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