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最弱魔術師のパペッティア  作者: がじゅまる
サブストーリー5
47/94

クリフの叔父さん3

 アーロンは街のアカデミーの教場で、三人の男達と対峙していた。

 彼らは、アーロンの学者仲間だ。

 三人は各々椅子や机の上に座り、姿勢を崩しながらアーロンの話を聞いた。


「今説明した通り、この魔法は体内の魔力を体の各部位に集中させて、肉体を強化する事ができる。これは全ての人間が学ぶべき必須魔法だよ」


 聞いていた男達は、表情が堅い。


 突然一人の男が、ゆっくりと体を仰け反らせた。

 そして、天井を見る。

 男は、何かを考えている様子だ。


 そして男は、静かに姿勢を戻して挙手をした。

 アーロンが、男に発言を促す。

 すると、挙手をした男は静かに尋ねた。


「その魔法を、全ての人間が学ぶべきだと考える理由は?」


 アーロンは、良い質問が来たと思った。

 彼は、悠々と答える。


「この魔法は万が一、魔法の杖を奪われた際の護身術として使えるのさ」


 すると別の男が、突然杖を抜いた。

 男は、すかさず杖先をアーロンへ向ける。


「こういう状況にも対処できると?」


 アーロンは、一瞬驚いた。

 杖を抜いた男は、すぐに杖先を下げる。


「冗談さ!」


 男は笑い、聞いていた他の男達も笑った。

 そして一人の男が、アーロンに声を掛ける。


「なあ、アーロン。とても興味深い研究だったよ」


 男達は、お互いに目を見合わせた。


「でも、こんなマニアックな魔法を学びたい奴なんていないよ」

「でもね……」


 アーロンは、反論しようとした。

 しかし、男は気にせずに続けた。


「杖を奪われた場合を想定しているようだが、戦いの最中に杖を失くすなんて有り得ないね」

「いや、それは戦いを甘く見過ぎだ」

「いやいや、敵を目の前にして杖を落とすなんて、よっぽどの間抜けでしょ」

「……」


 アーロンは、歯を食いしばる。

 男はアーロンの事情を知らないで、不謹慎な発言をしてしまった。

 今の彼には、かなり響く言葉だったのだ。


 アーロンは、屈辱のあまり全身が震えた。

 その様子を見て突然、一人の男が声を上げた。


「そろそろ、研究室に戻らないと……」


 三人の男達は、その言葉と同時に立ち上がり、教場の出口へと向かう。

 そして、退室する際に声を掛けていった。


「ありがとう、アーロン! 実に面白い話だったよ!」


 アーロンは、大きな黒板の前で俯いていた。

 彼が開発した肉体強化魔法の有用性を、理解してくれた者はいなかったようだ。

 それもそのはずだ。

 こんな面倒臭い魔法を使わずとも、魔法の杖を一振りすれば大抵のことは何でもできる世の中なのだ。

 わざわざ敵に接近して戦うなんていう、危険な真似をする者などまずいないだろう。


 アーロンは、用意してきた資料をカバンに詰めた。

 そして、とぼとぼと教場を後にした。




 その日の夜。

 アーロンは、夕食を作った。

 今夜のメニューは、細かく刻まれた野菜のスープと、丁寧に捌かれた魚の塩焼きだ。

 それに、市場で買ったパンがつく。


 彼の料理の腕は、日に日に上達していた。

 魔法を使わなくても、うまい料理を作れるようになったのだ。

 もしかしたら、魔法を使っていた頃よりも、うまいかも知れない。


 アーロンは、自分の料理の上達ぶりに感心しながら食事をした。

 目の前では、幼いクリフが美味しそうにスープを啜っている。

 彼は、クリフのそんな姿を見て微笑んだ。


 突然、アーロンは視線を落とす。

 彼は、スープに映る自分の姿を見つめた。

 昼間の事を、少し引きずっていたのだ。

 自分の研究は、くだらない事なのだろうか?


 アーロンは考えながら、スープを一口啜った。

 その味をじっくりと味わい、再び考え直す。


 今は誰も理解してくれないかも知れない。

 しかしこの魔法が、いつかきっと人々の役に立つ日が来る。

 彼は、そう信じた。


 すると突然、クリフが声を掛けてきた。


「叔父さんが研究している魔法って難しいんですか?」


 アーロンは、顔を上げてクリフを見る。

 そして、ニコリと笑った。


「いや、練習さえすればクリフでも使えるはずさ……」


 アーロンは、一瞬考えた。

 そして、クリフをじっと見つめた。


「クリフも、使ってみたいかい?」


 クリフは、頷く。

 アーロンは、満面の笑顔だ。


「よし! 分かった。明日、魔法の使い方を教えてあげよう!」

「はい!」


 二人は、お互いに笑顔で食事を続けた。




 翌朝、アーロンとクリフは庭で魔法の練習を始めた。

 よく晴れた日で、絶好の練習日和だ。


 まず、アーロンが説明する。

 彼は体の正面に、右腕を突き出した。


「いいか。まず右腕に魔力を集中させるぞ」


 彼はそう言うと、一瞬目を瞑った。

 一呼吸置く。

 そして、呟いた。


「硬化!」


 クリフは、目を丸くしてアーロンの腕を見た。

 アーロンの腕が、キラキラと輝き出したのだ。

 アーロンは、クリフの顔を見て解説する。


「これが魔力を集中させている状態だ」


 彼はそう言うと、しゃがみ込んで片膝をついた。

 彼の目の前には、五つほど積み重ねられたレンガがある。

 彼は拳を握りしめ、腕を振りかぶった。

 そして、一気にレンガへと振り下ろす。


 それは、一瞬だった。

 レンガが全て破壊され、彼の拳は地面にめり込んだ。


 クリフは、その様子を見て驚く。

 アーロンは、クリフの方を見た。


「どうだクリフ? やってみなさい」


 クリフは頷く。

 そして意気込んで、右腕を体の前へ突き出した。

 クリフは目を瞑る。


 アーロンは、腕に魔力を集中させると言っていた。

 しかし、いざやってみると勝手が分からない。

 クリフは腕を力ませるが、何も起こらない。


 それを見かねて、アーロンが声をかけた。


「イメージするんだ。腕に魔力が集まってくる様子を」


 クリフは、イメージした。

 全身の魔力が腕に集中している様子を。

 しかし、腕は力むばかりで何も起こらない。

 やはり、魔力が弱い自分ではダメなのだろうか。

 クリフは、悲しくなってきた。

 そして、スッと腕を下ろした。


「叔父さん……やっぱり、俺には無理みたいです」


 クリフが言うと、アーロンが歩み寄ってきた。


「簡単に諦めるな!」

「!?」


 アーロンは、クリフの頭に優しく手を乗せる。

 そして、静かに声をかけた。


「最初は誰でも出来ないさ、少しずつ練習すればいいんだ」


 そう言うとアーロンは、クリフの腕を優しく持ち上げた。


「いいか? 強くイメージするんだ。まるで……、そう……自分の拳が鋼のように硬くなるイメージを」


 クリフは気を取り直して、腕を体の前へ真っ直ぐと伸ばす。

 そして、再び目を瞑ってイメージした。

 自分の腕が、鋼になる。

 これは、とても具体的なイメージだ。

 先ほどは、漠然と魔力を集中させようとしていた為、イメージがぼやけていた。

 しかし、これならばハッキリと思い描くことができる。

 鋼になる……。鋼になる……。


「俺の……」


 突然クリフは、目をパッと見開いた。


「俺の拳は鋼になる!」


 彼が叫ぶと突然、右腕がキラキラと輝き出した。

 彼は、驚いてアーロンの顔を見る。

 アーロンは、微笑んでいた。


 クリフは、口元に笑みを浮かべて膝をつく。

 目の前には五つほど重ねられたレンガがある。

 彼は、腕をおおきく振りかぶって、一気に振り下ろした。


 次の瞬間!

 レンガが全て砕け散り、周囲に衝撃波が走った。

 衝撃波で周囲の雑草が揺れる。


 クリフとアーロンは驚いた。

 クリフは、アーロンの顔を見る。


「叔父さん!」


 アーロンも膝をついた。

 そして、クリフの肩を抱き寄せる。


「凄いぞクリフ!」


 二人は、砕け散ったレンガを眺めた。

 クリフが、これを砕いたのだ。

 二人は、しばらく感慨に浸った。




 その日から、アーロンとクリフの研究の日々が始まった。

 二人は、共に様々な実験を行った。


 筋力を強化して、重いものを持ち上げたり。

 腕を硬化させて、防御の練習をしたり。

 体を水中に適応させて、泳ぎの能力を上昇させたり。


 クリフは今まで、あまり外に出るような子供ではなかったのだが、叔父さんと二人で良く外出するようになった。

 二人は、森や海で共に魔法の研究をした。


 そして研究の帰りには良く、海沿いの白い砂浜を走った。


「クリフ! 遅いぞ! ハッハッハッ!」


 アーロンが、笑いながら駆ける。


「クッ!」


 クリフは全力で走るが、追いつけない。

 そこで、クリフは唱えた。


「俺の……、いや……我が脚は疾風となる!」


 彼は唱えると、急加速した。

 笑いながら走るアーロンを、悠々と抜き去っていく。

 アーロンは、それを見て驚いた。


「あっ! 魔法を使ったな! ずるいぞ!」


 アーロンも魔法で加速し、クリフを追った。

 白い砂浜には二人の笑い声が、響き渡っていた。

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