クリフの叔父さん3
アーロンは街のアカデミーの教場で、三人の男達と対峙していた。
彼らは、アーロンの学者仲間だ。
三人は各々椅子や机の上に座り、姿勢を崩しながらアーロンの話を聞いた。
「今説明した通り、この魔法は体内の魔力を体の各部位に集中させて、肉体を強化する事ができる。これは全ての人間が学ぶべき必須魔法だよ」
聞いていた男達は、表情が堅い。
突然一人の男が、ゆっくりと体を仰け反らせた。
そして、天井を見る。
男は、何かを考えている様子だ。
そして男は、静かに姿勢を戻して挙手をした。
アーロンが、男に発言を促す。
すると、挙手をした男は静かに尋ねた。
「その魔法を、全ての人間が学ぶべきだと考える理由は?」
アーロンは、良い質問が来たと思った。
彼は、悠々と答える。
「この魔法は万が一、魔法の杖を奪われた際の護身術として使えるのさ」
すると別の男が、突然杖を抜いた。
男は、すかさず杖先をアーロンへ向ける。
「こういう状況にも対処できると?」
アーロンは、一瞬驚いた。
杖を抜いた男は、すぐに杖先を下げる。
「冗談さ!」
男は笑い、聞いていた他の男達も笑った。
そして一人の男が、アーロンに声を掛ける。
「なあ、アーロン。とても興味深い研究だったよ」
男達は、お互いに目を見合わせた。
「でも、こんなマニアックな魔法を学びたい奴なんていないよ」
「でもね……」
アーロンは、反論しようとした。
しかし、男は気にせずに続けた。
「杖を奪われた場合を想定しているようだが、戦いの最中に杖を失くすなんて有り得ないね」
「いや、それは戦いを甘く見過ぎだ」
「いやいや、敵を目の前にして杖を落とすなんて、よっぽどの間抜けでしょ」
「……」
アーロンは、歯を食いしばる。
男はアーロンの事情を知らないで、不謹慎な発言をしてしまった。
今の彼には、かなり響く言葉だったのだ。
アーロンは、屈辱のあまり全身が震えた。
その様子を見て突然、一人の男が声を上げた。
「そろそろ、研究室に戻らないと……」
三人の男達は、その言葉と同時に立ち上がり、教場の出口へと向かう。
そして、退室する際に声を掛けていった。
「ありがとう、アーロン! 実に面白い話だったよ!」
アーロンは、大きな黒板の前で俯いていた。
彼が開発した肉体強化魔法の有用性を、理解してくれた者はいなかったようだ。
それもそのはずだ。
こんな面倒臭い魔法を使わずとも、魔法の杖を一振りすれば大抵のことは何でもできる世の中なのだ。
わざわざ敵に接近して戦うなんていう、危険な真似をする者などまずいないだろう。
アーロンは、用意してきた資料をカバンに詰めた。
そして、とぼとぼと教場を後にした。
その日の夜。
アーロンは、夕食を作った。
今夜のメニューは、細かく刻まれた野菜のスープと、丁寧に捌かれた魚の塩焼きだ。
それに、市場で買ったパンがつく。
彼の料理の腕は、日に日に上達していた。
魔法を使わなくても、うまい料理を作れるようになったのだ。
もしかしたら、魔法を使っていた頃よりも、うまいかも知れない。
アーロンは、自分の料理の上達ぶりに感心しながら食事をした。
目の前では、幼いクリフが美味しそうにスープを啜っている。
彼は、クリフのそんな姿を見て微笑んだ。
突然、アーロンは視線を落とす。
彼は、スープに映る自分の姿を見つめた。
昼間の事を、少し引きずっていたのだ。
自分の研究は、くだらない事なのだろうか?
アーロンは考えながら、スープを一口啜った。
その味をじっくりと味わい、再び考え直す。
今は誰も理解してくれないかも知れない。
しかしこの魔法が、いつかきっと人々の役に立つ日が来る。
彼は、そう信じた。
すると突然、クリフが声を掛けてきた。
「叔父さんが研究している魔法って難しいんですか?」
アーロンは、顔を上げてクリフを見る。
そして、ニコリと笑った。
「いや、練習さえすればクリフでも使えるはずさ……」
アーロンは、一瞬考えた。
そして、クリフをじっと見つめた。
「クリフも、使ってみたいかい?」
クリフは、頷く。
アーロンは、満面の笑顔だ。
「よし! 分かった。明日、魔法の使い方を教えてあげよう!」
「はい!」
二人は、お互いに笑顔で食事を続けた。
翌朝、アーロンとクリフは庭で魔法の練習を始めた。
よく晴れた日で、絶好の練習日和だ。
まず、アーロンが説明する。
彼は体の正面に、右腕を突き出した。
「いいか。まず右腕に魔力を集中させるぞ」
彼はそう言うと、一瞬目を瞑った。
一呼吸置く。
そして、呟いた。
「硬化!」
クリフは、目を丸くしてアーロンの腕を見た。
アーロンの腕が、キラキラと輝き出したのだ。
アーロンは、クリフの顔を見て解説する。
「これが魔力を集中させている状態だ」
彼はそう言うと、しゃがみ込んで片膝をついた。
彼の目の前には、五つほど積み重ねられたレンガがある。
彼は拳を握りしめ、腕を振りかぶった。
そして、一気にレンガへと振り下ろす。
それは、一瞬だった。
レンガが全て破壊され、彼の拳は地面にめり込んだ。
クリフは、その様子を見て驚く。
アーロンは、クリフの方を見た。
「どうだクリフ? やってみなさい」
クリフは頷く。
そして意気込んで、右腕を体の前へ突き出した。
クリフは目を瞑る。
アーロンは、腕に魔力を集中させると言っていた。
しかし、いざやってみると勝手が分からない。
クリフは腕を力ませるが、何も起こらない。
それを見かねて、アーロンが声をかけた。
「イメージするんだ。腕に魔力が集まってくる様子を」
クリフは、イメージした。
全身の魔力が腕に集中している様子を。
しかし、腕は力むばかりで何も起こらない。
やはり、魔力が弱い自分ではダメなのだろうか。
クリフは、悲しくなってきた。
そして、スッと腕を下ろした。
「叔父さん……やっぱり、俺には無理みたいです」
クリフが言うと、アーロンが歩み寄ってきた。
「簡単に諦めるな!」
「!?」
アーロンは、クリフの頭に優しく手を乗せる。
そして、静かに声をかけた。
「最初は誰でも出来ないさ、少しずつ練習すればいいんだ」
そう言うとアーロンは、クリフの腕を優しく持ち上げた。
「いいか? 強くイメージするんだ。まるで……、そう……自分の拳が鋼のように硬くなるイメージを」
クリフは気を取り直して、腕を体の前へ真っ直ぐと伸ばす。
そして、再び目を瞑ってイメージした。
自分の腕が、鋼になる。
これは、とても具体的なイメージだ。
先ほどは、漠然と魔力を集中させようとしていた為、イメージがぼやけていた。
しかし、これならばハッキリと思い描くことができる。
鋼になる……。鋼になる……。
「俺の……」
突然クリフは、目をパッと見開いた。
「俺の拳は鋼になる!」
彼が叫ぶと突然、右腕がキラキラと輝き出した。
彼は、驚いてアーロンの顔を見る。
アーロンは、微笑んでいた。
クリフは、口元に笑みを浮かべて膝をつく。
目の前には五つほど重ねられたレンガがある。
彼は、腕をおおきく振りかぶって、一気に振り下ろした。
次の瞬間!
レンガが全て砕け散り、周囲に衝撃波が走った。
衝撃波で周囲の雑草が揺れる。
クリフとアーロンは驚いた。
クリフは、アーロンの顔を見る。
「叔父さん!」
アーロンも膝をついた。
そして、クリフの肩を抱き寄せる。
「凄いぞクリフ!」
二人は、砕け散ったレンガを眺めた。
クリフが、これを砕いたのだ。
二人は、しばらく感慨に浸った。
その日から、アーロンとクリフの研究の日々が始まった。
二人は、共に様々な実験を行った。
筋力を強化して、重いものを持ち上げたり。
腕を硬化させて、防御の練習をしたり。
体を水中に適応させて、泳ぎの能力を上昇させたり。
クリフは今まで、あまり外に出るような子供ではなかったのだが、叔父さんと二人で良く外出するようになった。
二人は、森や海で共に魔法の研究をした。
そして研究の帰りには良く、海沿いの白い砂浜を走った。
「クリフ! 遅いぞ! ハッハッハッ!」
アーロンが、笑いながら駆ける。
「クッ!」
クリフは全力で走るが、追いつけない。
そこで、クリフは唱えた。
「俺の……、いや……我が脚は疾風となる!」
彼は唱えると、急加速した。
笑いながら走るアーロンを、悠々と抜き去っていく。
アーロンは、それを見て驚いた。
「あっ! 魔法を使ったな! ずるいぞ!」
アーロンも魔法で加速し、クリフを追った。
白い砂浜には二人の笑い声が、響き渡っていた。




