表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔術師のパペッティア  作者: がじゅまる
サブストーリー5
46/94

クリフの叔父さん2

 アーロンが、次に目覚めたのは街の療養所のベッドの上だった。

 旅の冒険者が、川で漂流していた彼を発見して担ぎ込んだのだ。


 目を覚ました彼は、周囲を見渡した。

 空いたベッドが、複数並んでいる。


 彼は頭を抱えた。

 どうにも記憶が、ぼんやりとしている。

 何故、自分はここにいるのか。


 そう考えた瞬間、突然彼の脳裏に悲劇的な場面がフラッシュバックした。

 弟夫婦が、巨大なクモに食べられている。


「アアアアアアアアッ!」


 彼は、叫んだ。

 すると、一人の男が部屋に飛び込んで来る。


「アーロンさん! 大丈夫ですか!!」


 アーロンは呼吸を乱し、大量の汗をかいていた。

 彼は、部屋に飛び込んで来た男の顔を見る。


 どうやら男は、街の自警団の団員らしい。

 魔物の調査に出ていたアーロンが、意識不明で運ばれて来たと言う話を聞いて駆けつけたのだ。

 男は、静かに尋ねた。


「いったい、何があったんですか」


 アーロンは俯いた。

 そして、力なく答えた。


「守れなかった……」

「……」


 男は、事態を察した。

 アーロンが発見された川の周辺を、自警団が捜索したのだが、彼の弟と、その妻が見つかっていない。

 彼の様子から察するに、恐らく二人は死んだのだろう。

 

 アーロンは突然、大きな声を上げた。


「クソッ! 何が、街一番の魔術師だ……」


 そして彼は、拳を握りしめて自分の脚を殴った。


 隣の部屋から、治療師に連れられて幼い子供が入室して来る。

 アーロンは、子供の顔を見た。

 クリフだ。


 アーロンは、クリフの顔を直視できなかった。

 彼は、クリフの両親を守りきれなかったのだ。

 クリフに合わせる顔がない。


 俯くアーロンに、クリフが尋ねる。


「叔父さん……お父さんと、お母さんは?」


 アーロンは、何と言っていいかが分からなかった。

 彼は、歯を食いしばった。

 そして、耐えかねて涙をこぼした。


「……すまない、クリフ……すまない…………」


 彼はひたすらクリフに向かって謝り続けた。

 静かな療養所には、彼の嗚咽混じりの泣き声が響いていた。




 数日後、クリフの両親の葬儀が執り行われた。

 遺体が発見されないまま行われた葬儀に、アーロンは虚脱感を覚えた。

 クリフも無言で、その様子を見守る。

 アーロンは、クリフを抱きしめて言った。


「これからは、俺と暮らそう」


 クリフは頷く。

 アーロンは、クリフの顔を見る度に罪悪感に押し潰されそうになった。


 彼は、亡くなった弟夫婦の遺影に目をやる。

 彼らの視線が、アーロンに刺さった。

 アーロンに今できる事は、残されたクリフを守る事だけだ。

 それが、唯一亡くなった夫婦にできる罪滅ぼしでもあった。


 その日から、アーロンとクリフの二人の生活が始まった。


 アーロンには、他に家族がいなかった。

 今まで一人で暮らしていたのだ。


 今までは、家事や炊事も彼が一人でこなしていた。

 何しろ、街一番の魔術師だったのだ。

 杖をちょちょいと振れば、家事など一瞬で終わった。


 アーロンは、クリフを家に迎えた日の夜、落ち込んでいるクリフに夕食を作ってあげようと思い立った。

 食材を買ってきて、台所に並べる。


 彼は、自然に魔法の杖に手を掛けた。

 しかし、ホルダーには魔法の杖がなかった。

 クモとの戦闘で失くして以来、杖のことをすっかりと忘れていた。


 彼は手を震わせた。


「まただ……またこれだ……」


 彼は、魔法の杖なしに目の前の食材を料理することが出来なかった。

 杖を失い、巨大グモの前に無力だった自分の姿を思い出す。


 彼は、隣の部屋で窓の外を眺めているクリフを見た。

 クリフは、海を見ている。

 両親のことを思っているのだろうか。


 アーロンは、その光景を見て決心した。

 もう二度と、大切なものを失わないと。

 大切なものは、この手で守ると。


 彼は突然、引き出しを漁り始めた。

 そして、奥の方から小さなナイフを取り出す。

 昔ピーターが、彼にプレゼントしてくれたものだ。

 ピーターは、魚を捌く際などに便利だからと言って渡してくれたのだが、アーロンは魔法で全てが事足りたので、今まで使っていなかった。

 

 彼が取り出したナイフは、錆びていた。

 彼は、錆びたナイフを砥石で研ぎ出す。

 一回一回、力強くナイフを研いだ。


 そして彼は、ピカピカになったナイフを使って野菜をカットした。

 彼の手つきは、不慣れな様子だ。

 危なく、指を切りそうになる。

 しかし、彼はめげずに野菜をカットした。


 火も、魔法を使わずに起こした。

 火打ち石を使ったが、かなり苦戦した。

 火を起こすだけでも、だいぶ時間がかかった。


 アーロンは、今まで自分がどれだけ杖の力に頼っていたのかを思い知らされた。


 夕食が完成したのは、だいぶ夜が深けてからだった。

 クリフは眠気で重くなった瞼を擦りながら、テーブルに着いた。

 目の前には、ぶつ切りの野菜が入ったスープと、パンがある。

 パンは、市場で買って来たものだ。


 アーロンも、テーブルに着いた。

 二人は共にスプーンを掴み、スープを啜る。


 ……。


 アーロンが言った。


「叔父さん……もっと、練習するから……」




 アーロンは、次の日から杖を使わない生活の研究を始めた。

 彼は一度始めたら、とことん極める性格だ。


 掃除、洗濯、炊事に始まり、日常的に魔法で済ませていたものを、全て手作業に切り替える実験を行った。

 彼は、箒で床を履き、洗濯板で服を洗い、ナイフで食材を切った。

 初めのうちは、どれもこれも上手くいかなかった。


 しかし、彼は天性の努力家ゆえ、すぐにコツを掴み始めた。

 次第に、大抵のことは魔法を使わずにこなせるようになった。


 クリフは、そんな叔父さんを見ていた。

 最初は、天才魔術師が魔法を放棄したことを不思議に思っていた。

 しかし、叔父さんが魔法なしで全ての家事をこなして行く様子を見て、彼は感銘を受けた。

 やがてクリフも、自分の身の回りを自分自身の手で掃除するようになった。


 ある日アーロンは、完璧に掃除を終えて綺麗になった部屋を眺めた。

 この部屋の掃除は、全て魔法を使わずに行ったのだ。

 彼は、その様子を見て満足気な表情を浮かべた。


 そして彼は、窓から海を眺めた。

 窓からは、青い海が見える。


 彼は、あの事件の日のことを思い出していた。

 杖を奪われて無力になった自分……。

 あの時、魔法を使わずに戦う方法を知っていれば、もっと何かが違ったかもしれない。

 彼は、遠くを見つめながら考えた。


 そして彼は突然、静かに庭へ出た。

 そして、庭に落ちていた適当な棒切れを拾った。

 おもむろに、棒切れを振り回してみる。


 彼の頭の中では、目の前に巨大なクモのイメージが存在した。

 彼は棒切れを構えて、クモと対峙する。

 両者しばらく睨み合いになるが突然、アーロンの方から攻め込んだ。


 彼が握り締めた棒切れが、クモの頭を襲う!

 しかし、クモの長い腕が、棒切れを弾き飛ばしてしまった。

 アーロンは、握り締めた棒切れを見た。


「ダメだ! これでは杖を使った戦いと何ら変わらない!」


 アーロンは、棒切れを放り投げた。

 そして彼は、考えた。

 巨大なクモが、じっとコチラを睨んでいる。


 アーロンは、拳を握りしめた。

 そして、その拳を見つめる。

 この拳だけで戦う方法は無いか?


 彼は目を瞑った。

 きっと、ただ素手で挑んだところで魔物には勝てない。

 この素手を強化する方法が必要だ。

 何か……何か方法は……。


 彼の脳は、解決方法を見つけるためにフル回転し始めた。

 外からは見えないが、彼の内側では凄まじい思考の嵐が発生していた。

 様々な考えが、彼の中を駆け巡る。

 沢山のアイデアが、湧いては消えた。


 そして彼は、無数のアイデアの中に小さく輝く光を見つけた。

 彼は手を伸ばし、その光を握ってみる。

 彼は光を強く握り締め、静かに目を開けた。

 そして、呟いた。


「硬化!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ