第三十四話 前線基地
ロゼッタ達一向は、森の中を歩いていた。
コロリン族の若者が、彼女らの先頭を歩く。
なんと親切なことに、彼はポータルまでの道案内を申し出てくれたのだ。
至れり尽くせりである。
ロゼッタは、ワンに尋ねた。
「ところで。どうして、ワンは彼らの言葉が分かるんだ?」
彼女の肩にぶら下がった、ワンが答える。
「いや、言葉はわからねぇよ」
「?」
ロゼッタ達三人は、驚いた。
今度は、カトレアが尋ねる。
「じゃあ、どうやって通訳していたの?」
ワンは、ニヤリと笑って答えた。
「フィーリングさ!」
「えぇ……」
三人が驚愕の事実に唖然としていると、目の前にポータルが見えてきた。
前回と同じような、青い渦が地面の上に浮遊している。
「ウィウィ!」
「着いたぞっ! て言ってるぞ!」
コロリン族の若者は、ポータルを指差していた。
三人は小さな友人に、感謝を述べる。
すると、彼は小さな腕をブンブン振ってお別れの挨拶をした。
三人も手を振り返す。
案内を終えたコロリン族は、再び森へと戻って行った。
クリフが、皆に声を掛ける。
「さあ、次のエリアへ行こうじゃないか!」
ロゼッタとカトレアは、頷いた。
前回と同じように、一人ずつポータルに触れていく。
ポータルに触れた瞬間、世界が歪む!
そして高速で、どこかへと連れて行かれる感覚がした。
二度目の感覚だが、どうにも慣れない。
急に、視界が開けた。
少し離れた場所に、街が見える。
ここは……。
クリフが呟いた。
「王国の前線基地だ」
カトレアが、ホッとした表情をした。
「意外と近くて安心したわ。危なく食糧が尽きるところよ」
「ああ、徒歩数日と言われていたから油断した……」
ワンが呆れた顔で、三人を見る。
「お前ら……随分、アバウトな計画で歩いてんのな」
ひとまず三人は、前線基地の方へ向かってみる事にした。
行き交う冒険者、沢山の商店、走り回る子供達。
前線基地と言うから要塞のようなものを想像していたが、見たところ普通の街だ。
宿屋があり、酒場があり、アイテム屋がある。
なんら、普通の街と変わらない。
強いていえば、この街には風車が多いようだ。
この街の真横には、外に通じる大きな穴が空いていた。
そこから、強い風が吹き込んでくるのだ。
どうやら、その風の力を生活に利用しているらしい。
三人は、大穴に近づいてみた。
大穴から少しだけ、外へ向かって地面が出っ張っている。
どうやら、ここはテラスになっているようだ。
この辺りは、石畳の広場となっており人が多い。
外からは、微風が吹き込んで来る。
クリフが言った。
「通りすがりの冒険者が言っていたんだが、ここは風神のテラスと言うらしい」
「風神?」
ロゼッタが首を傾げた。
クリフが続ける。
「ああ。なんでもこの街では、風の神様を信仰しているそうだ」
カトレアは、ゆっくりと回転する風車を眺めながら言った。
「それだけ、風が生活と密接に結びついているのね」
三人は広場の手すりに掴まって、外の景色を眺めた。
遠くに、王都が小さく見える。
下を見ると、地面が遥か遠くに見えた。
三人は、驚きの声を上げる。
「すっごく高いな!」
「ああ。もう、こんなに高いところまで来たのか」
「意外と早かったわね」
三人は次に、世界樹の上の方を見上げた。
「だが、まだまだ先は長そうだな……」
「ああ。過酷な旅になりそうだ……」
「お買い物しておかなくちゃね!」
突然、ロゼッタの荷物からワンが顔を出した。
彼は何やら感覚を研ぎ澄ませて、周囲の様子を確認している様子だ。
彼は、辺りをキョロキョロと見回しながら言った。
「おい、ロゼッタ! 何かの反応があるぞ!」
「?」
ロゼッタが尋ねる。
「なんだ? 反応って?」
ワンは一度目を瞑って、集中した。
そして、パッと目を開ける。
彼は、何かを発見した様子だ。
「パペッティアの魔具だ!」
三人は目を見合わせる。
そしてクリフが、皆に言った。
「冒険の役に立つ物かも知れない。確認しよう!」
ロゼッタは、頷いた。
彼女は、ワンの方を見る。
「ワン! 魔具までの案内を頼む!」
「ガッテン承知!」
そう言うと、ワンは案内を開始した。
「まずは、その通りを真っ直ぐだ!」
三人は、ワンの案内で街を歩く。
大きな通りから、少し裏道に入った。
そして、階段を登る。
少し歩く。
また、階段を登る。
歩く。
階段。
この街は随分、階段が多い。
斜面の上に、街が建てられているのだ。
三人は、何度も階段を登った。
もう何段登ったか分からない。
三人がヘトヘトになった頃、ついに目的地に辿り着いた。
ここは住宅地だ。
目の前には、一軒の家がある。
小さい家だが、屋根の上には風車が付いていた。
玄関には、何やら木札がぶら下げてある。
ロゼッタは、木札に雑に書かれた文字を読んでみた。
「カゼマホウ ケンキュウジョ?」
彼女達は、目を見合わせた。
何やら研究所を名乗っているが、どう見てもただの小さい民家だ。
ロゼッタは不安そうに尋ねた。
「なあ、どうする?」
ワンは即答した。
「どうするもこうするも、前進あるのみ! レッツゴー!」
ワンはそう言ったが、皆怪しい民家に及び腰だった。
渋々クリフが代表して、ドアをノックする。
トン、トン、トン。
……。
返事が無い。
聞こえなかったのだろうか?
クリフはもう一度、強めにノックした。
ドン、ドン、ドン。
……。
返事がない。
留守なのだろうか?
ドカドカドカドカッ!
突然、家の中で音がした。
足音だろうか?
音が、玄関まで近づいてくる。
そして、玄関のノブが回った。
すると、ドアが少しだけ開く。
ドアと玄関口の間には、鎖が付いているようで、それ以上開かない。
その狭い隙間から突然、男の顔が覗いた。
男は、鏡ように反射する目玉でこちらを睨んだ。
三人は一瞬、驚く。
しかし、よく見ると鏡のような物は本物の目ではない。
男は、何かの道具で目を覆っていたのだ。
何だか分からないが、目を保護する道具に見える。
男は、無愛想に言った。
「何? 押し売りなら帰ってくれる?」
割と若い声だ。
どうやら、押し売りと勘違いされたらしい。
誤解を解かなくては。
しかし、クリフは言葉に詰まった。
何と説明すればいいのだろう。
彼は、悩んだ。
そして、たどたどしく言葉を紡いだ。
「俺達、えーと……魔法道具! そう! 珍しい魔法道具があるって聞いて来たんだ!」
結構、無理矢理な理由だ。
ドアの向こうで、男が怪訝そうな顔をする。
クリフは続けた。
「良かったら、その魔法道具を見せて欲しいなぁと……」
ドンッ!
突然、ドアを閉められた。
クリフは一瞬固まり、そして肩を落とした。
彼は失敗したと言わんばかりの表情で振り返り、仲間を見る。
他のメンバーは、仕方ないと言った表情だ。
彼らが諦めようとした、その瞬間。
カチャ。
ドアの向こうから、鍵の外れる音がした。
そうかと思うと突然、ドアが勢い良く開いた。
三人は驚き、開いたドアの先に目をやる。
するとそこには、先ほど隙間から顔を覗かせていた男が立っていた。
先ほどまでは、その体が見えなかったが、男は随分と太って丸々としていた。
まるで風船みたいだ。
男は、笑顔で叫んだ。
「なんだ! オイラの発明品の噂を聞いて来たんだね!」




