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第三話 豪華なもてなし


「ジージ遅いぞ! 獲物の解体はジージの仕事だぞ!」

「こんな怪我をした老人をこき使うなんて、まったくロゼッタちゃんは人使いが荒いね~」


 ジージと呼ばれるその老人は、近所に住む狩人らしい。

 彼は、村一番の腕利き狩人だった。


 しかし、最近狩りの最中に怪我をしてしまったのだそうだ。

 そのため、今は狩りを休んでいた。

 ジージは左腕を怪我したので、首から布を下げて腕を固定している。


 今はジージの代わりに、ロゼッタが狩りをしていた。

 しかし、獲物の解体だけはプロにお任せしていると言うわけだ。


 ジージは片腕だけにも関わらず、固いイノシシの肉をいとも簡単そうに解体していく。

 流石はプロだ。


 クリフは、ジージの手伝いをしながら自己紹介をした。

 そして、色々なことを語り合った。

 ジージは、とても口が達者で話が面白い人だ。

 この村の人間は、何故かお喋り好きな人が多い。


「あれは、森の奥の狩場から村へ帰る途中じゃった! 突然、見たこともないイノシシともサルとも言えないような、大型の動物に襲われたのじゃ!」


 ジージは興奮して立ち上がり、杖を構えるフリをした。


「ワシは臆せずに魔法で迎撃したが、ヤツの動きは思った以上に俊敏! ワシは、腕を切り裂かれた! 咄嗟の判断で煙幕を張って逃げることに成功したが、少し判断が遅れていたら命はなかったかもしれん……」


 ジージの話を聞いて、クリフが口を挟んだ。


「それは、きっと魔物ですよ! 今も、近くに潜んでいるかもしれない!」


 ジージは一旦落ち着いて腰を下ろし、再びイノシシの肉を切り分け始めた。

 そして、続けた。


「確かにあれは、魔物だったのかもしれん。だが大丈夫じゃ。今は、村の若い衆が交代で見張りをしておる」

「……」

「本当はロゼッタちゃんに狩りを任せるのも心配なんじゃが、なにせ人手が足りなくての……。ワシが怪我さえしなければのぉ……面目無い」


 当のロゼッタは、家の中で何やら作業をしている様子だった。

 ところで、先ほどからロゼッタの家族が見当たらない。

 まさか、一人で暮らしているのだろうか。

 クリフは気になって、ジージに尋ねた。


「あの……ロゼッタのご両親は今どちらに……」

「ああ……聞いていなかったのか。ロゼッタは幼い時に、両親を亡くしてるんじゃよ」

「え……」

「しばらくは婆さんと二人暮らしをしていたんじゃが、その婆さんも去年ついに死んでしまったよ」


 ロゼッタのお婆さんは優しい人で、孫娘のことを大変可愛がっていたそうだ。

 お婆さんもロゼッタ同様に魔法が得意ではなかったのだが、その優しい性格から村のみんなに愛されていた。


 ロゼッタとお婆さんは二人で共に支え合って生きてきたのだが、ついに昨年お婆さんは亡くなってしまった。

 たった一人の身内だったのだ。

 ロゼッタの悲しみが、どれほどのものであったのかは想像もできない。


 クリフは、彼女がこの村を出て行きたいと言っている気持ちが少しだけ分かった気がした。

 長らくお婆さんと過ごしていたこの家に、一人でいると凄まじい孤独を感じるのだろう。

 クリフが考えていると突然、ジージが立ち上がった。


「よし、終わったぞい! ほれ、兄ちゃんの分の肉だ。早めに食べなさい」

「あ、ありがとうございます!」

 

 クリフは、ジージから肉を受け取って驚いた。

 肉が悪くならないように、薬草に包まれている。

 流石はプロだ。


 ジージは片付けを済ませると、小さな石造りの家に声を掛けた。


「お~~~い! ロゼッタちゃ~ん! ワシ帰るよ!」

 

 ジージが叫ぶと、小さな家の玄関から、ロゼッタがニョキッと顔を出す。

 そして、ぶっきらぼうに返事をした。


「お~す、お勤めご苦労!」


 ジージは、手を振って帰って行った。

 すると、ロゼッタがクリフに告げる。


「さあ、冒険者よ! 家の中に入れ!」

「おう……お邪魔するよ」


 クリフは言われるがままに、石造りの家の小さな木戸を潜った。

 思ったよりも、建物の中は広いようだ。


 奥の方で、火にかけられた小さな鍋が、ぐつぐつと煮えている。

 部屋の中央には木製の簡素なテーブルがあり、すでに何やら夕飯の準備がされていた。

 クリフのツレが町で待っているのだが、この様子だと食べずに帰ることはできなさそうだ。


「ちょっと待っていろ、肉も焼いているところだ」

「ずいぶん豪勢だな。まるで何かのお祝いだ……」


 何だか嫌な予感がした。

 きっとロゼッタは、冒険に連れて行けと言い出すのだ。

 きっと、この豪勢なもてなしは、クリフが彼女のお願いを断り辛くするためにやっているに違いない。


 確かに、彼女を冒険に連れて行きたいのは山々だが、冒険は命懸けだ。

 ただでさえ危険な冒険なのに、魔法が上手く使えないともなれば、その危険度は一層増すだろう。

 だから、そんな危険な冒険に彼女を連れ出すのは無責任だ。


 どうにかして、断らなければならない。

 さて、どうしたものか……。

 クリフが考えていると、ロゼッタが早速料理を運んできた。


「さあ、スープが出来たぞ! 前菜として食べるがよい。王室風のコース料理だ!」

「お、おう……いただくよ……」


 クリフは、テーブルに着いた。

 そして、置いてあったスプーンを使って、ロゼッタ特製のスープを一口啜る。

 すると……。


「ん……?」

「味はどうだ?」


 クリフは俯いたまま、一瞬動きが止まった。

 何か、思考を巡らせているのだろうか。

 彼の中で、何か収拾のつかない感情が暴れているのが察せられた。


 それは、本当に一瞬の時間だった。

 しかし、クリフ本人は、その感情をまとめる為に随分と長い時間を弄したように感じた。

 彼はゆっくりと顔を上げ、鋭い眼差しでロゼッタを睨む。

 するとロゼッタは、恐る恐る尋ねた。


「どうだ……?」


 その問いに対して、クリフは一言。


「うまい……」


「お!」

「なんなんだこれ、うま過ぎる!!」


 クリフは、信じられないくらい美味しいスープに感動していた。

 すると、ロゼッタが解説する。


「魚と野菜を煮込んだ出汁が、ギューと詰まっているからな!」


 クリフは、興奮気味だった。

 彼はもう一口、二口とスープを啜りながら言葉を紡ぐ。


「こんなにうまい料理を作れる仲間が、冒険に付いて来てくれたら最高だ!」

「!」

「……アッ!」


 クリフは、ハッとした。

 あまりの感動で我を忘れ、大変まずいことを口走ってしまった。

 目の前でロゼッタが、密かにニヤリと笑ったのが分かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロゼッタの身の上がジージから知らされ、心情を慮れる主人公は良い人間ですね。人物の描写が丁寧でしっかりしていて、読んでいてとても楽しかったです。 [一言] やはり胃袋掴まれるとダメですよね。…
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