第三十話 ポータル
水面はどこまでも、どこまでも続いていた。
しばらく、同じ様な景色が続く。
クリフは、水中に手を入れた。
そして、水を掬って舐めてみる。
「しょっぱくない! 淡水だ!」
「じゃあ、海じゃないのね……」
船主の男は、後方で舵を取りながら説明する。
「そう! ここは湖だよ。この湖の水が、やがて王国の下流に流れていくのさ!」
ロゼッタは、王都に入る直前に渡った、大きな石橋を思い出していた。
あの橋の下を流れていた川の水も、ここから流れ出たものなのだろうか。
ワンは、ロゼッタの荷物に隠れてずっと静かにしていた。
しかし、荷物の中は余りにも暇すぎる。
彼は暇つぶしに、こっそりと顔を出して周囲の様子を観察してみた。
ロゼッタは、水平線を眺めているようだ。
カトレアは、何やら体調が悪そうだ。船酔いか?
クリフと船主の男は、何やら話が盛り上がっている様子だ。
そして、船の後方には、大きな背ビレが泳いでいる……。
ん? 背ビレ……?
ワンは、背ビレを凝視した。
……。
そして叫んだ!
「サメだあああああああああ!!」
船主の男も叫ぶ!
「うわああああああああああ!!」
男は、ワンを指差した。
「ぬいぐるみが喋った!!」
「うっせぇわ! それよりも、後ろだ! 後ろ見ろ!」
ワンが指差した方向を、全員が一斉に振り向く。
するとなんと、巨大なサメが船の後ろを追って来ていた。
「え!? 湖にサメ?」
カトレアが叫ぶ。
一同、動揺した。
しかし、一人、船主の男だけは冷静だった。
クリフは、男に尋ねた。
「逃げ切れるのか?」
男はクリフの目を見据えて、自信満々に答えた。
「もちろん!」
男の言葉からは、絶対的な自信を感じる。
サメは、どんどん距離を詰めて来ているが、彼には何か策があるのだろうか。
男は、冷静に説明した。
「アイツは、この湖の名物。巨大ザメのダイちゃんだ!」
男は続ける。
「アイツは単純なヤツで、何回でも同じ魔法に引っかかるのさ!」
「同じ魔法?」
「ああ、催眠魔法だ!」
男の話によると、ダイちゃんというサメは、この湖の名物らしい。
凶暴な魔物だが、既に攻略法が確立されており、撃退するのは簡単だそうだ。
その攻略法とは、催眠魔法を撃つこと。
魔法が当たれば、あとは勝手に沈んでいくらしい。
しかも、ダイちゃんは何度も懲りずに同じ魔法にやられているそうだ。
「おぉ~」
その説明を受けて、一同ホッとした。
男はウルトラ・トルネード・バーストを指差しながら続けた。
「俺は、こいつの操作で手が離せない。悪いが、代わりに誰か催眠魔法を撃ってくれ!」
ロゼッタ達三人は、お互いに目を見合わせた。
そして、クリフが言った。
「俺たち、誰も催眠魔法を使えないぞ……」
「え!?」
突然、男が取り乱した。
「使えないって、どう言うこと!? 魔法の杖は?」
「……ない」
三人は、両手を広げて杖を持っていない事をアピールした。
それを見て、男はいよいよ取り乱す。
「なんで! どうして! うわっ、ダイちゃん近っ!」
突然、カトレアがスリングショットを取り出した。
「取り敢えず、何でもいいから撃つわよ!」
彼女は、ビリビリと電気を放つ石をサメに撃ち込んだ!
サメの周囲に、電気が走る!
しかし、サメは一瞬怯んだだけで、寧ろ更に勢いを増して迫ってきた。
「あの子、結構頑丈よ!」
「次は、俺が行く!」
クリフが、立ち上がった。
彼は、大きく深呼吸をしてから唱えた。
「我が体は水流を纏う!」
船主の男が驚く。
「おい、アンタ何するつもりだよ!」
次の瞬間!
クリフが、サメに向かって飛びかかった!
クリフは叫び、男も叫んだ!
「うおおおおおおおおおおお!」
「おおおおおおおおおおおお!」
「我が拳は鋼となる!」
クリフの輝く拳が、サメの頭を襲う!
ドーーーーーーン!
水飛沫が上がり、クリフとサメの姿が消えた。
男は船を止めて、周囲を見渡す。
「馬鹿野郎!」
男が叫んだ瞬間!
再び、水飛沫が上がった!
なんと、大きな魚のようなものが飛び跳ねたのだ。
サメか? いや、クリフだ!
クリフが、まるで魚のように泳いでいる。
クリフは再び、水中へと潜る。
サメが、水中に潜ったクリフを見つけて襲い掛かる!
しかし、クリフは魚のように素早く泳いで、サメの攻撃を回避した!
今度は、クリフがサメに向かって突撃する!
しかし、サメも素早い。回避された。
クリフは息継ぎのために、一度水面へと向かう。
しかし、サメがそれを追った。
船の上では、残された三人と一匹が水中の様子を伺っていた。
ワンが、ロゼッタに指示する。
「レイニーなら水中戦もいける!」
ロゼッタは、頷いてレイニーを取り出した。
船主の男は、パニック状態だ。
「素手でサメに挑む男に、喋るぬいぐるみ……今日は最悪の日だ!」
彼が言った瞬間、突然クリフが水中から飛び出した!
更に、それを追ってサメが飛び出す!
クリフとサメは、高く跳び上がり、皆の頭上を超えて再び水中へと戻った。
その後を、レイニーが追いかける。
ロゼッタは、レイニーの目を通して水中を観察した。
目の前では、クリフとサメが死闘を繰り広げている。
サメの腹にクリフが、タックルを決める!
しかし、あまり効いていない様子だ。
サメが、旋回する。
そして今度は、サメがクリフ目掛けて真っ直ぐと突き進む。
そこへ突然、レイニーが乱入した。
レイニーは水流を身に纏い、サメの腹に向かって突撃する!
ボンッ!
レイニーの体当たりが命中!
サメが怯んだ。
しかし、あまりダメージが入っていない様子だ。
ロゼッタは、船上で状況報告をした。
サメに攻撃が効かないことを伝える。
すると、ワンが船主の男に迫った。
「おい! 今なら、お前が催眠魔法を撃てるだろ!」
「あぁ! そうだった!」
混乱していた男は、正気を取り戻した。
ロゼッタは、レイニーを操りながら言った。
「もうすぐ、クリフが上がってくる! その後ろには、サメが追って来ている!」
彼女は水面を指差し、男に言った。
「カエルのぬいぐるみが先導するから、その場所を狙え!」
「わ、わかったよ……」
男は指し示された場所に、杖を向ける。
すると、ロゼッタがカウントダウンを始めた。
「3……2……1…………来るぞ!!」
彼女が言うと、レイニーが先陣を切って飛び出してきた。
その後に続いて、クリフが飛び出す。
それをサメが追いかける。
「今だ!!」
船上の全員が叫んだ!
同時に男が、催眠魔法を発射する。
直後、クリフとサメは、再び水中へと飛び込んだ。
船上の皆が船の縁に集まり、水中を確認する。
しばらく待つが、何も上がってこない。
まさか、クリフにも催眠魔法が当たってしまったのだろうか。
皆が心配していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ただいま……」
声は背後からだ。
皆が振り返ると、反対側の縁からクリフが上がってきた。
船主の男が、喜びの声を上げる。
「良かった! 無事だったのか!」
「ああ、なんとかな……」
「アンタ凄いよ! 素手でダイちゃんと戦ったんだ。伝説だよ!」
「君の魔法が無ければ、危なかったよ!」
二人の男は見つめ合い、固い握手をした。
ロゼッタは、そんな二人を冷たい目で見守った。
そこから目的地までは、それほど遠くはなかった。
ロゼッタ達が再び船を走らせると、すぐに小さな島が見えた。
船主の男が言う。
「あれが、目的地の島だ! そして、あそこに見えるのがポータルだ!」
小さい島だが、いくつか小屋が立っている。
小屋の後ろには小高い丘があり、その上にポータルがあった。
何やら、空間が丸く歪んでいるように見える。
ロゼッタ達は、無事に島への上陸を果たした。
船から降りて、男に料金を支払う。
それなりの、お値段だ。
男は言った。
「ポータルは大体どこも、世界樹の真ん中に位置しているから、常に真ん中を目指すと良いぞ!」
「なるほど!」
三人は男に、お礼を言って別れた。
男は叫ぶ。
「またのご乗船、お待ちしております! ダークネス・トルネード号は、いつでもみんなを待ってるぜ!」
三人は男に手を振りながら、島の丘を登った。
本当に小さな島で、丘の上にはすぐに着いてしまう。
丘の上には、青く光り輝く渦巻きのような物が浮遊していた。
これも何かの魔法なのだろうか。
先ほどの男の話では、これに触れるだけで上の階へ飛んでいけるらしい。
ロゼッタが不安げに尋ねた。
「これ、大丈夫なのか?」
「……」
三人は少し不安だったが、一人ずつポータルに触れる事を決意した。
まずは、クリフが触れる。
するとクリフが、突然ポータルに吸い込まれて消えた。
一瞬の出来事だった。
次に、カトレアが恐る恐る触れる。
カトレアも、渦に吸い込まれた。
荷物の中から、ワンが顔を出した。
「さあ、俺達も行こうぜ!」
「うむ」
ロゼッタは、意を決してポータルに触れた。
突然、世界が歪む!
何処かに高速で連れていかれるような、感覚がする。
そうかと思うと、急に視界が開けた。
周囲から、鳥の鳴き声が聞こえる。
「森?」
クリフとカトレアが、少し先の方で景色を眺めていた。
ロゼッタも、二人に歩み寄る。
ここは、小高い丘になっており広い範囲が見渡せるようだ。
目の前には、どこまでも続く広大な森が広がっている。
先ほどの男は、次のポータルは世界樹の中心にあると言っていた。
ロゼッタは、辺りを見渡しながら呟く。
「中心…………どこだ?」




