第二十九話 海
ロゼッタ達は、世界樹の麓に来ていた。
辺りは、沢山の人で賑わっている。
正面には、世界樹に入るための大きな穴が空いているのが見えた。
穴に至る道の両脇には、出店がズラリと並んでいる。
ロゼッタは、その様子に驚いた。
「よくみんな、こんな所で商売をしていられるな。魔物が怖くないのか?」
クリフが答える。
「商魂があれば、魔物なんて怖くないって事さ」
出店からは、呼び込みの声が響く。
「にいちゃん! ちょっと寄ってきな、今朝入荷した新鮮な魔物肉があるよ!」
「冒険のお供に、薬草はいかが? 擦り傷、切り傷、恋の傷、なんでも効くよ!」
「これは銀貨100枚は下らない代物だが、出血大サービスだ! 銀貨50枚! 銀貨50枚でどうだい?」
ロゼッタ達は、特に出店に寄る事もなく世界樹の穴へと入っていった。
三人は穴に入ってすぐに、その光景に目を奪われた。
ロゼッタが驚きの声を上げる!
「なんだこれ! すっごく大きいな!」
「ええ。信じられない景色ね……」
「これは、まるで……」
ロゼッタの荷物から、ワンが出て来る。
ワンも、その光景を見て驚いた。
「海じゃねぇか!?」
ロゼッタ達の目の前には、どこまでも続く水面が広がっていた。
水平線が見えるが、どれだけ広いのだろうか。
ロゼッタは、ワンに尋ねた。
「ワンも、来た事がないのか?」
「でかい湖があるとは聞いていたんだが、ここまでのものとは思わなかったぜ」
クリフが顎に手を当てながら、辺りを見渡した。
樹の中だと言うのに、まるで外のように明るい。
また、いくら世界樹でも海を包み込むほど大きくはないはずだ。
しかし、目の前には海が広がっている。
これは、いったいどういう事だろう?
もしかしたら、時空が歪んでいるのか?
カトレアも、辺りを見回す。
「これ、どうやって上に登るのかしら?」
三人は周囲の様子を伺った。
すると、少し先の砂浜に人が集まっているのが見えた。
何やら浜の上に、小船が大量に用意してある様子だ。
三人は取り敢えず、浜辺へ降りて情報を集めることにした。
周囲は白い砂浜。どこからともなく降り注ぐ強い光。
なんと、水中には泳いでいる人もいる。
まるで南国のビーチだ。
少し先に建物があり、その下には沢山の船が並べられていた。
そして何やら、人が集まって話をしている様子だ。
なんだろう。何か問題でも発生したのだろうか。
三人が人だかりに向かって歩いていると突然、どこからか若い男が声を掛けてきた。
「あなた方! 船をお探しかい?」
声のする方に目をやると、日に焼けた筋肉質な若者がいた。
彼は、全身の筋肉がひしめかせている。
クリフが、男に尋ねた。
「俺達、世界樹の上に行きたいんだ、どうやって行けばいいのかな?」
「お兄さん達、世界樹は初めてだね! それじゃあ、この俺が教えてあげよう!」
男の、上腕二頭筋が唸る。
突然、男は水平線を指差した。
そして言った。
「ポータルを使うのさ!」
「ポータル?」
三人は聞き慣れない単語に、キョトンとした。
男は続ける。
「この先にあるポータルに触れると、ビューンと上の階に行けてしまうのさ!」
男の話だと、ポータルと呼ばれる時空の歪みに触れると、上の階層にある別のポータルの場所まで瞬間移動ができるのだそうだ。
肝心のそのポータルは、この水平線の先にあるらしい。
カトレアが頷いた。
「なるほど。だからみんな小船に群がっているのね」
男の大胸筋が激しく揺れる!
「でも、あの店は今、小舟の貸し出しを控えているんだ!」
男の話では、間もなく到着する大魔道士の遠征団が小船を大量に使うらしい。
王家の予約ともなれば、不備のない船を用意しなければならない。
そのため、どの店も今は船の貸し出しを控えているのだそうだ。
男は続けた。
「でも、俺の船だったら使えるぜ!」
男はキメ顔で笑い、白い歯を輝かせた。
クリフは、みんなに聞いた。
「とりあえず、彼の船を使わせて貰わないか?」
みんな特に、反対はしなかった。
なんだか、ちょっとナルシストっぽい奴だが悪い人では無さそうだ。
三人は男の提案を承諾し、彼の船に乗せてもらうことにした。
男は三人を、浜辺の端の方へと案内する。
砂浜の上に、何やら布で覆われた小舟らしきものが置いてあるのが見えた。
男は、三人を布の前に集めた。
「紹介するぜ! これが俺の相棒……」
男は、布の端を掴んだ。
そして、それを一気に取り払った!
布の下に隠されていた船体があらわになる。
黒い船体に、金の装飾。
船の先端には、馬の頭を模した彫刻が施してある。
なんだろう……ちょっと痛々しい。
「その名も! ダークネス・トルネード号だぁ!!」
「……」
ロゼッタは、冷たい目で男を見た。
「なんだか、乗りたくないぞ」
クリフが、ロゼッタの肩を掴んで前へ進み出る。
彼は、小船に近づきながら言った。
「ロゼッタ……何を言ってるんだ……」
「?」
「最高にかっこいいじゃないか!!」
「!?」
船の持ち主の男は、目を輝かせた!
「お兄さん、分かってるねぇ!!」
二人は突然、見つめ合いながら固い握手をした。
突然、男の友情が芽生えた様子だ。
ロゼッタとカトレアは、冷たい表情で彼らを眺めた。
その後、男はゆっくりと小船を水面に浮かべた。
男は三人に、乗り込むように促す。
三人は、一人ずつ船に乗り込んだ。
何やら、クリフは楽しそうな様子だ。
小船は、三人と船主の男を乗せてプカプカと水の上に浮いた。
しかし、この船には水をかくための櫂がないようだ。
いったい、どうやって前進するのだろうか。
突然、男が魔法の杖を抜いた。
すると、何やら船体の後方に付いていた器具に差し込んだ。
男はニヤリと笑う。
「これは、俺が開発した新技術……」
男は何故か一度、間を置いた。
そして、叫んだ。
「その名も! ウルトラ・トルーネード・バーストだ!」
「ウルトラ……トルネード……バースト……」
クリフは拳を握りしめ、目を輝かせている。
男の話では、まず船の後方に取り付けてある器具に、風魔法を流し込むのだそうだ。
すると、器具から水中に向かってトルネードが射出される。
その推進力を使って、船は前進するのだ。
それが、ウルトラ・トルネード・バーストだ!!
男は突然、水平線を指差した!
「行くぞ! ダークネス・トルネード号! 発進!」
男が叫ぶと、船の後方で水飛沫が上がった!
同時に、船が動き出した。
船は、どんどん加速していく。
速い! 速いぞ!
彼らは、静かな水面を風のように駆け抜けて行った。




