第二十八話 王の猟犬
––ここは、町の王国騎士団支部前。
ハルとラークは、騎士団支部の玄関で客人を待ち構えていた。
間もなく、ここに王の猟犬が訪れるのだ。
二人の間には、緊張が走っていた。
ラークが口を切る。
「隊長は、王の猟犬とお会いした事はあるのですか?」
「いいや、私は今回初めてお会いする」
ハルは、町の通りを確認した。
まだ、王の猟犬は姿を現さない。
彼女は続けた。
「あの方は神出鬼没だ。今回もいったい何の用件でいらしたのか……」
「あまりにも、突然ですね」
「……」
ハルは心配していた。
王の猟犬は、ロゼッタのことを嗅ぎ付けて来たのでは無いだろうか。
しかし、不幸中の幸い。
ロゼッタは数日前に、既に町を出ていた。
ハルが考えていると突然、近くの隊員が声を上げた。
「王の猟犬様、ご到着されました!」
ハルとラークは、姿勢を正した。
竜に騎乗した魔術師が数人、こちらに迫って来る。
全員、真紅の衣を身に纏っているのでよく目立つ。
その先頭には、何やら見るからに恐ろしい人物の姿があった。
頭に、ヤギの頭蓋骨を被っている。
随分、悪趣味だ。
あれが、王の猟犬のリーダーなのだろうか?
ハル達の緊張は、いよいよ高まっていた。
その時。
「お〜〜〜い!」
「!」
ヤギの頭蓋骨を被った人物が、笑顔でこちらに向けて手を振っている。
ハル達は一瞬、動揺した。
しかし、姿勢と表情を崩さずにその場で彼らを出迎えた。
「やあ、やあ! 盛大なお出迎えに感謝するよ!」
これが本当に、王の猟犬のリーダーなのだろうか?
随分、砕けた人物だ。
王の猟犬のメンバーは、竜から降りてハル達に歩み寄る。
ハルは、彼らに挨拶をした。
「ハル・レオンハートであります。お待ち致しておりました」
王の猟犬のリーダーが返す。
「随分と若い騎士さんじゃないか! きっと、優秀なのだろう!」
随分と背の高い男だ。
彼はハルを見下ろしながら、自己紹介をした。
「初めまして。私はヘル・ハウンド。王の猟犬の隊長だ」
彼は、ハルに握手を求めてきた。
彼女は、それに応じた。
そして、客人を建物の中へと促す。
しかし、中へ入ったのは隊長だけで他のメンバーは竜の側で待機していた。
ハルは、ハウンドを客室へと案内した。
彼女が部屋の扉を開ける。
すると彼は入室するや否や突然、窓の方へと進んだ。
「あれが、この町の神殿か!」
「はい。そうであります」
「あそこで、魔王教団が暴れたのだね!」
「はい……」
これは確実に、ロゼッタの話が出てくる。
そう思ってハルが身構えた、その時!
タイミング良く、ラークがお茶を運んで来た。
「隊長殿。お茶を、ご用意致しました」
「おお! これは、これは!」
ハウンドは椅子に腰掛け、お茶を啜る。
「私はお茶が大好きなんだ! 君、昇進するよ」
ラークは、丁寧な御辞儀で返した。
ハウンドは、温かいお茶でホッと一息ついた。
「プハァ〜」
すると、次の瞬間!
彼は突然、大きな声を上げた。
「ロゼッタ!!」
ハルとラークに一瞬、緊張が走る。
ハウンドが、ハルを鋭く睨んだ。
「この名前の少女を知っているかね?」
ハルは落ち着いて、静かに答えた。
「はい。私のアカデミーの同級生です。彼女が何か?」
ハウンドは、ヤギの頭蓋骨の下で何やらニヤニヤと笑っていた。
「いや、先ほど留置所に寄って来たのだよ」
「……」
「そこに収容されている教団のメンバーに話を聞いたところ、ぬいぐるみを使って戦う女の子を見たという、非常に興味深い発言を聞いたのだ」
「……」
「其奴は仕切りに、ロゼッタという名前を叫んでいた……」
ハウンドは一度お茶を啜り、再びハルを見た。
彼はニヤニヤと、口元に笑みを浮かべている。
「貴女は、何かご存じないかな?」
彼の質問に対し、ハルは冷静に返答した。
「きっと、其奴らの戯言でしょう」
ハウンドはそれを聞いて、急に口角を下げた。
そして、再びお茶を啜った。
「うーむ」
その時、誰かが部屋をノックした。
ドンドンドンッ!
何やら慌てている様子だ。
「お取り込み中、失礼致します! 緊急の報告です!」
ハウンドが、ハルに伝令を部屋に入れるように促した。
ハルは軽く会釈し、返答する。
「なんだ、入れ!」
すると、騎士団の隊員が慌てた様子で入室してくる。
「緊急の連絡が入りました! 王都が魔物による襲撃を受けたそうであります!」
「何!?」
ハルは驚きのあまり、立ち上がった。
「詳しく報告しろ!」
その時ラークは、ハウンドを見ていた。
王都襲撃の情報を聞きながら、彼は随分と落ち着いていたのだ。
何とも不気味な人物だ。
伝令が、報告を終えて出ていく。
すると、ハウンドが立ち上がった。
「よし、決めたぞ!」
ハルとラークが、彼の方を見る。
「君たちは昇進だ!」
「!?」
突然、どういうつもりだろう。
二人は彼の言わんとする事が分からず、困惑した。
ハウンドは続ける。
「私は国王から特別な権限を頂いている。よって、私は君たちの昇進を決定した!」
二人は、この言葉をどう受け止めて良いものかが分からなかった。
一人、ハウンドだけが拍手をしていた。
「おめでとう、おめでとう!」
ハルは姿勢を正し、彼に礼を述べた。
「光栄であります」
それに続いて、ラークも礼を述べた。
ハウンドは、うんうんと頷いている。
「君のような人材が、こんな田舎で騎士団ごっこをしているのは大変勿体無い!」
「と、言いますと?」
ハルは再び、彼の言葉に困惑した。
するとハウンドは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言い放った。
「貴女はこれより、王都へと出向せよ!」
「!?」
「この町は、こちらの銀髪の男に任せたまえ」
二人は突然の出来事に、混乱状態だった。
しかし、これは国王の権限による命令だった。
断ることは出来ないのだ。
ハウンドは続けた。
「私も暫く王都を留守にするのでね。優秀な人材が居てくれると助かる」
「これから、何方かへ出発されるのですか?」
ハルが尋ねると、ハウンドは答えた。
「私も世界樹へ向かうのだよ」




