第二十三話 王都の幽霊
橋での事件の直後、王都から騎士団が駆けつけた。
しかし、時既に遅くロックウォール侯の部隊は全滅。
ロックウォール侯本人も、絶命していた。
この事件を受けて、王都には激震が走っていた。
何者かが、組織的に領主を襲ったのだ。
いったい誰が、何の為に?
市中では様々な噂が立ち、市民の間には不安が広がっていた。
そんな中、旅の三人は王都の正門に迫っていた。
王都は世界樹の麓にあった。
そのため、王都の空は世界樹の葉で覆われていた。
しかし、何故だろう。太陽の光は遮られていなかった。
巨大な樹の真下だと言うのに、かなり明るい。
不思議だ。
ロゼッタは、王都の城壁を見上げた。
「すごく、大きいな!」
「ああ、ここまでの城壁は見たことがない……」
クリフとカトレアも、今までこんな巨大な城壁は見たことが無かった。
三人は城壁の中央にある王都正門を潜り、市中へと入った。
ロゼッタは緊張していた。
ここは、自分が憧れた世界樹への出発地点だ。
同時に、自分の命を狙う機関の本拠地でもあるのだ。
彼女は一層気を引き締めた。
正門からは、巨大な王城が見えた。
ここから王城まで、真っ直ぐと広い通りが続いている。
通りには、冒険者や商人や騎士。
その他に、音楽家や大道芸人などなど、他の町ではあまり見ることの無かった職業の人々が沢山いた。
また通りには、ありとあらゆる店があった。
この街にない店など、恐らく存在しないだろう。
そう思ってしまうほど、全てが揃っていた。
三人は今までに見たことのない、珍しい街並みに目を奪われた。
そんな時、クリフが切り出した。
「とりあえず、宿を探さないか?」
「そうね、まずは一旦休みましょ」
三人が宿探しに乗り出そうとした、その時。
突然、ロゼッタは不思議な声を聞いた。
(おい、これは王の猟犬の反応じゃねぇぞ!)
「え?」
ロゼッタはビックリして、辺りを見渡した。
今、近くで声がしたのだ。
しかし、辺りにはそれらしい人物がいない。
カトレアが、ロゼッタの様子に気づいた。
「どうかしたの?」
「今、誰かの声が……」
辺りには人が多すぎて、これでは誰が発した声なのかが分からない。
しかし先ほどの声は、すぐ近くで聞こえたのだ。
そう、まるで頭の中で声が響いたのではないかと思うくらいに……。
カトレアは、ロゼッタを心配した。
「ここ数日、色々あったからね。きっと疲れてるんだわ」
「そうなのかなぁ……」
ロゼッタは、自分の事ながら心配になった。
今のは、気のせいだったのだろうか。
(おい! おい! 聞こえるか?)
「!!」
声がハッキリと聞こえた。
誰かが、ロゼッタに呼びかけている。
ロゼッタは、クリフとカトレアにその事を伝えた。
頭の中で、誰かの声が響いているのだ。
「誰かが、わたしを呼んでるの!」
「本当なの?」
カトレアが驚く。
クリフは顎に手を当てて、何かを考えている。
「もしかしたら、何かの罠の可能性もある。慎重に動こう」
三人はロゼッタに呼びかける声の主を、慎重に探すことにした。
ロゼッタが声を聞き、声のする方へと歩いていく。
(おい、おい、向かってきたぞ!)
「……」
(そうだ! こっちだ、こっち!)
「……」
(オーイェイ!)
「……」
随分と、やかましい声だ。
ロゼッタ達は大通りを外れて、細い道へと入っていった。
どうやら、ここは住宅街らしい。
声は、この住宅街の奥からする。
(来た、来た、来た、来た!)
「……」
(おいおい、不安がるなって!)
「?」
(大丈夫! きっと、パペッティアだ!)
「!」
ついに辿り着いた。
声は、目の前にある建物の中からする。
そこは、何やら古い民家のようだった。
建物は古いが、結構手入れが行き届いていてとても綺麗だ。
クリフが尋ねた。
「ここなのか?」
「うん」
「よし……慎重に確認しよう」
クリフが、民家のドアをノックしてみた。
ドンドンドン
……。
反応がない。
(入れよ! カモーン!)
いや、反応があった。
ロゼッタはクリフに伝えた。
「入って良いそうだぞ」
クリフは、そっとドアを開けた。
家の中は薄暗い様子だ。
ドアを開けたお陰で、建物の中に少し光が差した。
暗闇の中に、何やら人の脚らしきものが見える。
女性の脚?
可愛らしい黒い靴。
その上には白いソックス。
その人物は暗闇の中から、ゆっくりと歩み出てきた。
不思議な雰囲気をまとった、色白の肌。
華奢な体を黒い衣装で包んでいる。
衣装の上には白いエプロン。
深い紫色のショートヘアーに、白いヘッドドレスを乗せている。
……メイドさん?
クリフが声を掛けようとすると、彼女の方から挨拶をしてきた。
「長い間、お待ちしておりました!」
彼女はスカートの端を掴みながら、お上品なお辞儀をした。
クリフは突然のお出迎えに驚いてしまい、言葉が出なかった。
ロゼッタとカトレアが、クリフの後ろから建物の中を除く。
するとロゼッタは、メイドさんと目が合った。
ロゼッタは少し照れて、言いずらそうにして言った。
「わたし達、この建物から誰かに呼ばれた気がして……」
「はい! それは我が家のワンです!」
やはり、ここから声がしていたのだ。
ワンと言う人物が、ロゼッタに呼びかけていたのだと言う。
良かった、幻聴ではなかったのだ。
ところで、その人物はいったい何処にいるのだろう?
「ここだよ、ここ!」
すぐ足元から声がした。
三人は、声のした方に視線を向けてみる。
なんと、そこには小さな生き物がいた!
生き物?
いや、ぬいぐるみだ!
ネコ型のぬいぐるみが、自律して動いている!
「よう! よく来たな! 待ちくたびれたぜ!」
三人は驚愕した。
これは魔法か? 魔物か?
こんな生き物は見たことがない。
ネコ型のぬいぐるみは、三人を部屋の中へと促した。
三人は断る理由も見つからず、建物の中へと入っていった。
三人は奥の部屋で、テーブルについた。
なんとご丁寧に、メイドさんがハーブティーを入れてくれた。
ハーブのいい香りが部屋に漂う。
メイドさんは、三人にお茶を配り終わると自己紹介をした。
「申し遅れました。ボクはカミーリャと申します。こちらの家でハウスキーパーをしております」
「カミーリャ……」
「ハウスキーパー……」
「ボク……」
三人は、何から話して良いものかが分からなかった。
ワンも改めて挨拶をする。
「俺様はワンだ! ナンバーワンのワン様だ! よろしくな!」
ネコなのにワンなのか……。
ロゼッタは思った。
クリフは、皆を代表して挨拶をした。
「俺はクリフ。こっちはカトレア。そしてロゼッタだ。俺たちは世界樹の頂上を目指す冒険者さ」
それを聞いて、カミーリャとワンは目を合わせて頷いた。
「やはり、あなた方で間違いないようですね。ずっとお待ちしておりました」
三人は、カミーリャが言っている意味が分からなかった。
しかし、カミーリャは続けた。
「ボクたちは主人の命を受けて500年、待っていたんです」
「500年!?」
三人は驚いた。
カーミーリャは、何を言っているのだ?
彼女は500年待ったと言った。
ならば、彼女は今何歳なのだ?
ロゼッタはクリフから聞いた、王都の幽霊の話を思い出した。
まさか、彼女が例の幽霊なのだろうか。




