第十八話 魔鉱病
「嘘だ……嘘だ、嘘だ!」
寝室で、鏡に向かって悲痛な声を上げている女がいた。
彼女は酒場で、ロゼッタの同級生を名乗った人物だ。
「どうして……。昨日までは、何ともなかったのに!」
鏡に映る女の顔には、赤い鉱石の様なものがベタベタと張り付いていた。
その鉱石は、彼女の体から突然吹き出して来たものだ。
彼女は、この病気を知っていた。
これは、魔王が流行らせていると言われている疫病の一つ「魔鉱病」だ。
次第に体が結晶化して行き、やがて死に至る。
今のところ、治療法は見つかっていない。
同僚の女の子の何人かは、若くしてこの病気で亡くなった。
彼女は、受け入れられなかった。
いつかは自分も感染する可能性があるとは思っていたが、まさかそれが現実になるとは……。
彼女は、床に崩れ落ちて泣いた。
自分は死ぬのだろうか。
自分が死んだら、田舎の母へ送る仕送りが途絶えてしまう。
まだ幼い兄弟達は、どうやって生きていくのだろうか……。
彼女は不安と悲しみと、この理不尽な運命への苛立ちで涙が止まらなかった。
やがて彼女の脳裏に、一つのワードがよぎる。
「魔王教団……」
彼女は、以前に受けた宗教の勧誘のことを思い出した。
詳しいことは分からないが、入信すれば普通の人間では到底扱えないような魔法が使えるようになるらしい。
もしそれが本当ならば、この不治の病も治療できる可能性があるのでは?
冷静な状態ならば、絶対に手を出さない様な話だ。
しかし、今の彼女は冷静ではなかった。
魔鉱病の女はフードを深く被り、建物の外へと出ていった。
外は雨が降っていた。
女は、ある建物の地下室に来ていた。
決して広くない部屋に、数十名の人間が集まっている。
部屋の奥が何やら、ステージとなっているらしい。
そこへ、一人の男が登場した。
男は言った。
「魔王様万歳!」
集まっていた他の者達も、それに応えるように口々に唱えた。
「魔王様万歳!」
しかし、女は口にしなかった。
自分の病気は魔王のせいなのだ。
ステージの男は続ける。
「諸君もご存じの通り、間もなく大魔道士による大遠征が行われる!」
部屋のあちこちから、ブーイングが起こった。
男は続けながら、拳を強く握りしめて掲げる。
「これは、許されざる行為だ!!」
「そうだ!」
「国王を殺せ!」
部屋の中は、怒りと憎悪が満ちていた。
女は失望した。
ここは、彼女が思っていた様な場所ではなかった。
ステージの男は更に続ける。
「我々は、神聖なる計画を実行しなければならない!」
突然どこからか、ローブの人物が若い女をステージ上に連れて来た。
女は服の上から、縄で体をキツく縛られている。
「この者は、我々の神聖なる計画を騎士団に密告しようとした!」
部屋中は、ブーイングの嵐だ。
すると、縛られた女は叫んだ!
「みんな目を覚まして! こんなのおかしいよ!」
彼女の声は、部屋中から巻き起こる罵声にかき消されてしまう。
魔鉱病の女は、ステージ上で叫び続ける女に見覚えがあった。
彼女は、同じ酒場の同僚だ。
同僚の女は、罵られながらも叫び続けている。
「他人の命を犠牲にして! あなた達には、人の心がないの?」
ステージ上の男が、嘲笑いながら叫んだ!
「人の心? 生物の本質は弱肉強食だ! 強い者が生き残る! 当たり前のことだ!」
魔鉱病の女は怖くなっきた。
もう部屋を出ようと思い、体を出口の方へと向けた。
すると、その時。
ステージ上の男が言い放った。
「教団の力を持ってすれば、我々は強くなれる! どんな望みも叶えられる! 弱者はそのための生贄なのだ!」
「……」
魔鉱病の女は突然、身を翻してステージに近づいて行った。
そして、ステージ上の男に問うた。
「ならば、不治の病も治せますか!」
男は、彼女を見てニヤリと笑った。
「もちろんだ!」
魔鉱病の女は突然、深く被っていたフードを脱いだ。
部屋にいた人々が、一瞬どよめく。
すると、彼女は力強く懇願した。
「ならば、私の病気を治してください!」
ステージの上から、男が近づいてくる。
「君の病気は魔王様からの試練だ。魔王様は、試練を乗り越えた者を祝福してくださる」
「本当に、治せるんですか!」
「当たり前だ!」
部屋の中が、ざわついている。
男は続けた。
「ただし、治療には生贄が必要だ……」
「生贄? 私は、どうすれば……」
男は再びニヤリと笑いながら、ステージ上で縛られている女に目をやった。
「ここに、丁度良い生贄がいる」
縛られた女は、恐怖の表情を浮かべた。
逃げ出そうとして暴れる!
しかし、ローブの人物に取り押さえられてしまった。
彼女は、机にしっかりと頭を押しつけられた。
男は魔鉱病の女に、ステージへ上がるように促す。
「これは君の試練だ。君自身で乗り越えなさい」
魔鉱病の女は、ゆっくりと杖を抜きステージへと上がって行く。
そして、縛られた女の頭に杖先を向けた。
縛られた女は、自分に杖を向ける人物の顔を見た。
「あんた! 酒場の!」
どうやら、知り合いだと気づいたようだ。
「助けて! 馬鹿な真似はやめて!」
魔鉱病の女の顔から、赤い鉱石がポロッと剥がれ落ちて床に転がった。
先ほどまで鉱石が張り付いていた肌からは、膿のようなものが流れ出ている。
彼女は震えていた。
体の震えが杖先まで伝わってくる。
彼女は、震えながら言った。
「私! 死にたくない!」
彼女は、そう言うと涙を流した。
彼女は、ローブの袖で涙を拭う。
すると袖は、涙と膿でベタベタになってしまった。
同時に、赤い鉱石がボロボロと床に落ちる。
彼女はしばらく、床に散らばった鉱石を見つめていた。
そうかと思うと、今度は突然何やらブツブツと独り言を言い出した。
「私には、養わなければならない家族がいるの……だから、どうしても生き伸びなければ、いけないの……」
「ちょ……何言って……」
「……そうだ! あんた家族がいなかったよね!」
「!?」
「うん、うん……私が死んだら困る人がいるけど、あんたにはいないんだ……」
彼女はそう言うと、杖を強く握りしめた。
そして、縛られた女の頭にグッと杖先を押し付ける!
「ごめんね……ごめんね……」
「やめてええええ!」
突然ステージ上に血飛沫が上がり、魔鉱病の女は返り血を浴びた。
彼女の隣では男が一人、拍手を送っていた。




