第十七話 連携魔法
宿場町から少し東へ歩いた所に、大きな湿地があった。
水の澄んだ美しい湿地だ。
広い湿地には水草が生えていて、魚や鳥などの野生動物も豊富に存在した。
周囲には、この湿地で魚を獲って暮らしている漁師の家が点在している。
ちなみに、ここは宿場町に水を引いている貴重な水源でもある。
普段は、本当に静かな場所だ。
しかし今日は、まるでお祭りの様な騒ぎが起こっていた。
「やっちまえええええええ!」
「ほら、逃げられちまうぞ!」
「ヒャッハアアアアアアア!」
沢山の冒険者が、声を張り上げていた。
遅れて到着したロゼッタ達は、様子を伺うために近くの土手に登ってみる。
すると、少し遠くの方で人が群がっているのが見えた。
皆、足元を泥だらけにしながら湿地の浅瀬を駆け回っている。
その中心には、山のように巨大なブタに似た姿の魔物が見えた。
そこかしこから杖を構えた者達が、ブタに向けて魔法を放っている。
ブタの体には、無数の炎や雷が命中し、ボンボンボンボンと花火のような音を響かせていた。
これは、祭りと表現する他ないだろう。
しかし当のブタは、何やら鈍感なようで周囲の様子を全く気にしていないようだった。
湿地の中では、沢山の冒険者がうごめいていた。
これは、入る隙がないと思ったロゼッタ達三人は、土手に腰を下ろして見物した。
魔物が現れたと言うから急いで駆けつけたのだが、何だか拍子抜けしてしまった。
暴れ狂う冒険者達の後方では、陸地で騎士団も待機していた。
しかし、彼らも周囲に人が多すぎて手出しができない様子だ。
カトレアは呆れた様子で座り、頬杖をついている。
クリフは、何だか落ち込んでいた。
恐らく、お昼のチキンのことを思い出しているのだろう。
ロゼッタは、そんなクリフ見て密かに笑った。
その間抜けな感じが、あの巨大なブタとそっくりに見えたのだ。
祭りは、しばらく続いた。
しかし突然、状況が変化した。
先ほどまで、じっとしていたブタが急に動き出したのだ。
ゆっくり、ゆっくりと冒険者達の集まる方へと進み出した。
「鈍い! 鈍いぜ! アハハハ!」
冒険者達は、構わず魔法を撃ちまくる!
すると巨大なブタが、急に大きく鼻息を吸い込んだ。
次の瞬間! 信じられないことが起こった!
「ウソダアアアアアアアアア!」
ブタが大音量で、人間の言葉を発した!
その場にいた一同は、驚愕して言葉も出なかった。
「ウソダアアアアアアアアア!」
ブタは再び叫ぶと徐々に速度を上げて、群衆に向かって突き進んだ!
冒険者達は一瞬怯むが、再び魔法を撃ち始める。
しかし、いくら撃ち込んでも弾かれてしまう。
「やべぇぞ、逃げろ!」
冒険者達は、一人また一人と逃げ出していく。
ロゼッタ達は、立ち上がった。
クリフが、ロゼッタに告げる。
「ロゼッタは、ここで待っていてくれ! 俺と姉さんで行く!」
「……」
ロゼッタも行きたいが、パペッティアの力を使うには人目があり過ぎる。
仕方がないが、ここは二人に任せるしかない。
ロゼッタは口惜しい。
ブタは、群衆を鼻で突き上げて吹き飛ばした!
そのままの勢いで前脚を上げ、一気に地面に叩きつけた!
ブタの前足が地面にぶつかった衝撃で、水飛沫が飛び大地が揺れる!
人々は、その衝撃でバランスを崩して転んだ。
皆、泥まみれでパニックになっている。
群衆の後方から、騎士団が魔法で一斉攻撃を行なった!
物凄い弾幕がブタを襲う!
しかし、ブタは怯まない。
すると、そこへクリフが到着。
「我が拳は鋼となる!」
クリフはブタの足元に接近し、輝く拳を打ち込んだ!
しかし…。
ボヨヨヨン!
ダメージが通った感覚がない!
ブタのブヨブヨした肌が、衝撃を吸収してしまったのだ。
カトレアが、同じくブタの足に触れて魔法を流し込む!
しかし、全く効いている様子がない。
カトレアは、汚いものにでも触れたかのように手を払った。
「なにこれ、ブヨブヨで気持ち悪い!」
「俺の拳も効かない!」
ロゼッタは、落ち着かなかった。
自分はここから、見ていることしかできない。
ロゼッタは、テディに手を伸ばそうとする自分を抑えていた。
その時、土手の下に赤い光が出現した。
ロゼッタが、発光する場所を見てみる。
すると、そこには複数の騎士団の隊員がいた。
「あれは、連携魔法!」
アカデミーの授業で聞いたことがある。
魔術師の集団が、協力して撃ち出す強力な魔法。
それが、連携魔法だ。
その魔法の威力は、凄まじい破壊力だという。
しかし連携魔法を使うには、ある程度の訓練を受けた魔術師が複数名必要だ。
また、魔法の発動までに時間もかかる。
なので、よっぽど戦争でもない限り使用するような代物ではない。
そんな魔法が今、目の前で使用されようとしているのだ。
ロゼッタは、クリフ達に叫んだ!
「クリフ! 姉さん! 逃げて!」
クリフとカトレアは、遠くから微かに聞こえるロゼッタの声に気付き後方を確認する。
すると遠く土手の下のあたりから、おどろおどろしい光が放たれているのが見えた。
「姉さん! なんかヤバい感じだ!」
クリフが言った、次の瞬間!
騎士団が、巨大な炎の球を発射した!
炎の球は轟音と火の粉を撒き散らしながら、弧を描いてブタに向かって飛んでいく!
その炎の球は、まるで太陽のようだった。
ロゼッタは、あまりの熱波に蒸発してしまうのではないかと思った。
そして、炎の球はブタに衝突する!
同時に大爆発を起こした!
ブタは炎に包まれた。
辺りは炎の海に覆われる。
爆発の衝撃波が、ついにロゼッタの立つ土手の上にも到達する。
立っていられないような、物凄い爆風だ!
熱い! このままでは焼けてしまう!
ロゼッタは、体を地面に伏せた。
そして、ロゼッタは叫んだ!
「クリフ! 姉さん!」
こんな凄まじい魔法に飲み込まれたら、一溜まりもない。
ロゼッタは、熱風に耐えながら顔を上げた。
彼女は、前方に目を凝らしてみる。
するとこちらに向かって一人、走ってくる者が見えた!
あれは、クリフだ!
彼は魔法で脚力を上げて、必死の形相で走っている。
カトレアは?
…………。
いた!
カトレアは、クリフに抱き抱えられている。
「アツイ、アツイ、アツイ、アツイ!」
クリフは、叫びながら走ってくる!
「うおおおおおおおおおお!」
何という速さだ!
水飛沫を巻き上げながら走る姿は、まさに疾風だ!
クリフは、あっという間にロゼッタのいる土手に到達した。
するとカトレアは、土手の上でヒョイっと飛び降りた。
クリフは、そのままどこかへ突き進んで行く。
「姉さん! 無事なの?」
「マントがあって助かったわ」
マント?
普段身にまとっている、旅のマントの事だろうか。
ロゼッタは、カトレアのマントを触ってみた。
なんと、ヒンヤリと冷たい。
カトレアは、マントに魔法を流し込んで冷やしたのだ。
「姉さんの魔法は、めちゃくちゃ便利だな!」
「ふふ、ありがと」
クリフは未だに、辺りを走り回っていた。
どうやら、彼だけが無防備だったらしい。
逆に、その生命力に感服する。
よく無事だったものだ。
ブタの姿をした魔物は、無惨にも半身が吹き飛ばされた状態で倒れていた。
魔物が倒れたことを見届け、騎士団と冒険者達は街へと帰っていく。
ロゼッタ達は、魔物の死骸に近づいてみた。
カトレアが、焼け焦げた死骸を見ながら言った。
「さっきこの魔物、人間の言葉を発してたよね?」
クリフは顎に手を当てて、何かを考えていた。
「実は、ロゼッタの村でも同じような現象があったんだ」
「そうだったな!」
いったい、どういう現象なのだろう。
今まで、こんな現象は聞いたことがなかった。
カトレアは魔物の死骸を、まじまじと見ている。
「何だか不気味ね……」
ロゼッタは、湿地の方を見ていた。
先ほどの熱波のせいだろうか、沢山の魚の死骸が浮かんでいた。
人間というのは、何と恐ろしい力を使うのだろう。
ロゼッタは、魔法の恐ろしさを改めて思い知った。
彼女が、呆然と立ち尽くしていると……。
ギュウウウウウウウウウ
突然、クリフのお腹が鳴った。
彼は、街の方を指差す。
「とりあえず帰って、チキンを食べないか?」
「ええ、帰りましょ」
「うむ」
三人は、街に帰ることにした。
帰り際、ロゼッタは気になって少しだけ魔物の死骸に触れてみた。
すごく、ブヨブヨとしている。
すると突然、ロゼッタは何かに気づいた。
「ん? これは……」




