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第一話 不思議な少女

 ––ここは、町外れの森の中。


 青々と茂った静かで美しい森だ。

 時折、草むらからウサギやリスなどの野生動物が顔を覗かせ、木々の間からは小鳥達のさえずりが聞こえてくる。


 この森の先には、小さな農村がある。

 町から農村へ行く為には、必ずこの森を通らなければならない。

 そのため森の中央には、人々が長い年月をかけて踏み固めて出来たのであろう小さな道が細く長く続いていた。


 ちょうど昼時で、日が高くなって来た。

 しかし、木々が日差しを遮ってくれているお陰で、とても快適に歩くことができる。

 森を吹き抜ける風は実に爽やかで、道端の木の根に座ってピクニックでもしたいくらいの陽気だ。


 近頃は王国の各地で凶悪な魔物が出現し、町や村に甚大な被害を与えているという噂だ。

 しかし、この森は、そんな世界とはまるで無縁であるかのように穏やかな時間が流れていた。


 冒険者クリフは、心優しい好青年だ。

 見た目は地味で大した特技もないが、体力だけは自信があった。

 クリフは、ある依頼を受けてこの森を歩いていた。

 先ほど立ち寄った町で、この先の村に住む老婆に、荷物を届けてほしいと頼まれたのだ。

 彼は、困っている人を見ると放っておけない性分ゆえ、快く引き受けたのだった。


 依頼人は時々、一人暮らしの老婆にパンや薬を届けていた。

 しかし、最近この近辺でも魔物の目撃情報があったらしく、怖くて村まで行けなくなってしまったのだそうだ。


 クリフは穏やかな森の中を見渡しながら、独り言を呟いた。

 

「それにしても、信じられないくらい穏やかな日だ。こんなところに魔物が潜んでいるなんて思えないなぁ」


 彼は腕を大きく伸び伸びと広げ、口をあんぐりと開けてあくびをした。


 「ふぁぁ~~」


 すると……。

 ガサガサ。


「ん?……獣のにおい!」


 突然、草むらの中に獣の気配を感じ取った。


「魔物か!? 出てこい!」


 クリフは拳を握り締めて腕を顔の前に構え、右足を下げて半身の姿勢をとった。

 ガサガサ。

 草むらの中で、何者かがこちらの様子を伺っているようだ。

 すると、次の瞬間!


 ブヒィィィィィィィィィイ!


 突然、ものすごい勢いで黒い影が草むらから飛び出し、クリフを目掛けて一直線に突進してきた!

 クリフは黒い影が自分に衝突する寸前に、ローリングをして横へ回避。


 ブヒィィィィィィィィィイ!


 黒い影は、光の下に姿を晒した。

 その正体は、茶色い剛毛に身を包んだ四つ足の獣だった。

 口元には大きな白い牙が確認できる。


「あれはイノシシだ! やった! 今夜は、イノシシの丸焼きに決まりだ!」


 クリフは、大喜びだ!

 なにせ金がないため、近頃は碌なものを食べていなかったのだ。

 イノシシは、最高のご馳走だ!

 クリフは舌なめずりをして、再び半身の姿勢になって拳を構えた。

 

「よし、もう一度、突っ込んでこい! 次は、その眉間に拳を叩き込んでやる!」


 クリフは自分の拳に、絶対的な自信があった。

 イノシシは前足で地面を蹴って、鼻息を荒くしている。


 ブンッブンッ! ブヒィィィィィィィィィイ!


「来い!!」


 イノシシは、力強く地面を蹴って走り出した!

 その時!


 突然森の奥から、何か白い物体がイノシシを目掛けて高速で飛んできた!

 その飛行物体は、イノシシの側頭部にジャストヒット!

 そしてイノシシは、その勢いで横倒しになって痙攣を起こしてしまった。


 クリフは突然の出来事に驚いたが、警戒を緩めずにイノシシを観察した。

 イノシシの頭には、羽のついた細長い木製の棒が突き刺さっている。

 クリフが慎重に観察していると、突然、森の方から若い女性の声がした。


「イノシシに素手で挑むとは、命知らずのバカもいたものだな!」


 クリフが声のする方を振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 遠目にも目立つ赤髪のおさげが、風に揺れている。

 先ほどまでその存在に気がつかなかったのは、彼女が森に溶け込むような緑色のフードを被っていたからだ。

 少女はその手に、小柄な体とは不釣合いな大きさの湾曲した木の棒を携えていた。


 少女はゆっくりと、こちらに向かって歩いてきた。

 そして、倒れたイノシシの前に立つ。

 身長はかなり低く、見た目は可憐な少女といった感じだ。

 しかし、そんな見た目とは裏腹に、少女は痙攣するイノシシの前に立つと、躊躇なくその首にナイフをズブリと突き立てた。

 トドメを刺すと同時に、血抜きをしているようだった。


 クリフは、その様子に驚きながら尋ねた。


「これは、君がやったのか?」

「そうだぞ、イノシシに殺されそうになっていたお前を助けてやったのだ。感謝しろ」


 クリフは、先ほど少女が手に持っていた不思議な道具が気になった。

 弧を描いた、長い木の棒。

 その両端を繋ぐように、ピンッと張り詰めた弦が取りつけてある。

 こんな道具は、今までに見たことがない。


 クリフが不思議そうに、その道具をジロジロと見ていると、少女が気づいた。

 そして彼女は、説明してくれた。


「ん、なんだ? これが気になるのか? これは”弓”と言う古代の武器だ」

「ゆみ……?」

「そうだ、魔法文明以前に使われていた古い武器だ。皆が魔法の杖を携帯するようになってから廃れたのだ」


 少女は説明しながらも、手を動かしてイノシシの処理を続けていた。


「旅の者よ、命を救った礼に手を貸してくれ。そこの岩陰に荷車を用意している。それに、この獲物を積み込みたい」

「あ、ああ分かったよ。助けてくれたお礼だ」


 クリフは少女の指示に従って、岩陰に隠してあった荷車の上にイノシシの死骸を乗せた。

 荷車と言っても、イノシシ一匹を乗せるのがやっとなくらい小さなものだ。

 クリフはそのままの流れで、荷車を引いて少女と一緒に村へ向かうことになった。


 彼女と話してみて改めて思ったが、なんだか不思議な少女だ。

 先ほどの、弓での狩りと言い普通ではない。

 クリフは、不思議そうな顔で少女を見た。

 少女は、何やらニヤニヤしながらクリフを見ている。


「ふん、お前バカそうだが、素直でいい奴だな。わたしは、ロゼッタだ。この先にあるつまらない村に住んでいる」

「俺はクリフ。ツレと一緒に冒険者をしている。町でちょっと用事を頼まれてこの村に来たんだ」


 ロゼッタは突然、目を丸くしてクリフを見た。

 大きな瞳がキラキラしている。


「お前、冒険者なのか!」

「お、おう……そうだが」

「じゃあ、お前も"世界樹"の頂上を目指してるのか?」


 世界樹とは、この王国の中央に存在する、とてつもなく巨大な樹だ。

 世界樹は人々に食糧や水や魔法資源という、生きる上で欠かせない恩恵を与えてくれる偉大な樹であり、国民の誰もが崇拝している。


 しかし、その頂上には大昔から魔王が住み着いており、あろうことか聖なる樹の力を利用して魔物を生み出しているのだ。

 今、王国の各地で人々を襲っている魔物も、その魔王が生み出しているものだと言われている。


 今まで、数々の冒険者達が魔王の討伐に挑んできたが、誰一人として成功した者はいない。

 もし討伐に成功すれば、王国から多額の報酬が出るのはもちろんのこと、人々から英雄と称えられて未来永劫歴史に名を残すことになるだろう。

 世界樹の頂上を目指し、魔王を打ち倒すことは、全ての冒険者の夢なのだ。


「ああ、そうだ! 俺は、世界樹の頂上にいる悪い魔王を倒すために冒険をしているのさ」

「おおぉ!」


 それを聞いてロゼッタは、目を一層キラキラと輝かせた。


「詳しく話を聞きたい! イノシシをご馳走してやるから、用事が済んだらわたしの家に寄ってくれ」


 ロゼッタは冒険の話に興味があるらしく、クリフを家に招いてくれた。

 クリフは、こうやって頼まれると断れないタチだ。

 用事が済んだら、必ずロゼッタの家を訪れることを約束してしまった。


 しかし、町でツレが待っているので、夜までには戻らないといけない。

 その為、残念ながらゆっくりとイノシシを食べている時間はなさそうだ。

 クリフは、そう考えながら歩いた。

 すると彼は、一つ気になる事を思い出した。


「ところで、何で弓なんていうヘンテコなものを使って狩りをしていたんだ? 魔法を使った方が早いし、確実だろう」

「ん……」


 ロゼッタは先ほどの明るい表情とは打って変わって、急にムスッとしてしまった。

 どうやら、何か聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。


「ごめん……言いたくないならいいんだ……」

「使えないんだよ……」

「え……?」

「わたしは、魔法が使えないんだよ!!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観が登場人物たちを通じて分かりやすく伝わってきました。魔法がひろく使われていて、弓ですら時代遅れとされているのが読んでいて面白かったです。 [一言] 魔法を使えず、弓矢を使っていたロゼ…
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