カトレアの囮捜査2
カトレアは、大商人の邸宅の裏口に来ていた。
報酬欲しさに、おとり捜査に協力することにしたのだ。
欲しいものは、何でも買えちゃうのだ。
これに乗らない手はない。
商人の邸宅は、随分と大きかった。
元々野菜や果物の流通で財を成した家だそうだが、近年は作物が不作で商売上がったりなのだそうだ。
もし本当に、この家が闇の商売に手を染めているのだとすれば、そういう経済的に苦しいという背景があるのかもしれない。
ドンッ ドンッ ドンドンドンッ
カトレアは特殊な叩き方で、ドアをノックした。
この叩き方が、秘密の合図となっているらしい。
「なんだ?」
「仕事をさせてください」
「合言葉を言え」
「ブラックペッパー塩ペッパー」
口に出して改めて思ったが、なんだこの酷い合言葉は。
「よし、入れ……」
邸宅の裏口が開いた。
入ってみると、中には小綺麗な男が立っていた。
もっと怪しい人物が出てくるのかと思っていたが、普通過ぎて拍子抜けだ。
「仕事の話を聞いてきたんだね」
「はい。こちらでは実際にどんな仕事をさせて頂けるんでしょうか?」
男は、無言で奥の部屋に案内した。
「今、主人をお呼びしますので、こちらの部屋でお待ちください」
そこは、応接間のような部屋だった。
美しい調度品が置いてあり、明るくてとても素敵な部屋だ。
本当に、こんなところで人身売買などが行われているのだろうか。
カトレアは、ふかふかなソファーに腰掛けた。
カトレアは、部屋を見渡してみる。
高級そうな絨毯。大理石の彫刻。天井にはシャンデリア。
相当な富豪の家らしい。
壁には歴代の、当主の肖像画が掛けてあった。
描かれている人物は皆、丸々と太っている。
そこから、代々豊かな生活を送ってきたことが窺える。
…………。
しばらく経つが、誰も来ない。
不審に思ったカトレアは、邸宅の中の様子を見てみようと思った。
しかし……。
「ん?」
立ちあがろうとして、初めて気づいた。
体が動かない……。
カトレアは周囲を見回した。
この感覚、催眠魔法!
どこからか、魔法攻撃を受けている!
「部屋を出なくちゃ!」
しかし、だめだ……意識が飛びそうだ……。
「しまっ……た……」
カトレアは、そのままソファーの上で眠ってしまった。
ん……私、何してたんだっけ?
カトレアは段々と意識がハッキリとしてきた。
「ん!」
手足が何かで固定されていて、身動きが取れない。
口も布で塞がれて、声が出せない。
カトレアは、薄暗い部屋で拘束されていた。
床が冷たい。これは鉄板か。
どこからか、誰かがシクシクと泣く声が聞こえてくる。
しばらくすると暗闇に目が慣れてきて、段々と周囲の様子が分かってきた。
自分は手足を縛られた状態で、金属製の檻に閉じ込められているらしい。
向こう側には同じような状況の女性が、監禁されている。
女性は涙を流しながら、こちらを見ていた。
カトレアは、手をモゾモゾとさせた。
すると、手を縛っていた縄が簡単に外れた。
カトレアにとっては、こんな縄からの脱出なんて朝飯前だ。
足を縛る縄も同じように解き、口を塞ぐ布を外す。
閉じ込められているもう一人の女性が、驚きの表情でこちらを見ていた。
「今、助けてあげるからね」
カトレアは女性に告げると、檻の鉄格子を掴む。
すると、硬い金属でできた格子に突然ヒビが入り、バリっと割れてしまった。
魔法で金属を急速に劣化させたのだ。
彼女は、広くなった鉄格子の隙間から脱出した。
向こう側で見ていた女性の目には、希望の光が宿った。
カトレアは、手荷物の確認する。
どうやら、相手を欺くために持ち込んだ偽物の魔法の杖は没収されたらしい。
それ以外の荷物は、全部残っていた。
持ち物は木の実や鉱石などだが、ゴミだとでも思われたのか全くの手付かずだ。
あとは、肝心な髪飾り。
この髪飾りが、今回の任務の鍵だ。
この髪飾りは魔道具で、対になる髪飾りと遠隔で会話ができるようになっているそうだ。
「こちらバタフライ、応答願います」
カトレアのコードネームだ。
「通じました! こちらドラゴンフライ! 状況は?」
「女性が一人、監禁されています。至急応援をお願いします!」
「了解しました!」
外で待機しているラーク達と、無事連絡がついた。
あとは騎士団が踏み込んで、現行犯逮捕してくれれば……。
「……ハル小隊長……村に……ま……ものが……」
「ん?」
「……至急……おう……え……ん」
誰かが、向こうの魔道具の前で叫んでいるようだ。
すると……。
「こちら、ドラゴンフライ。状況が変わった! 今すぐ邸宅に突入する事はできない!」
「え!? 何言ってんの?」
「明日の朝まで持ち堪えてくれ!」
「ちょっと!」
同時に突然、天井の上が騒がしくなった。
上の階で、人が動き回っているようだ。
カトレアは何か情報を得ようと思い、階段に近づき耳を澄ませてみた。
微かに人の声が聞こえる。
「西の村に魔物が現れたそうです! 今なら騎士団も手薄です!」
「よし、今夜のうちに出荷しちまうぞ!」




