第十三話 最弱の少女
刻印の男は、意気消沈している。
魔術師は杖が無ければ、何も出来ないも同然だ。
アカデミー最弱と言われた少女に、あろう事か杖を奪われ破壊されたのだ。
こんな屈辱的なことがあるだろうか!
魔法を封じられた男は地に伏し、最弱の少女はそれを見下ろしていた。
ロゼッタは男を放っておき、クリフ達の方に目をやった。
クリフとカトレアが、魔物の猛攻を凌いでいる。
「我が拳は鋼となる!」
クリフが、襲いかかってくるオオカミを次々に殴り飛ばす!
カトレアもオオカミの攻撃を回避しながら、魔法を流し込む隙をうかがっていた。
突然、一匹のオオカミがカトレアに飛びかかる!
彼女は冷静にしゃがみ込んで攻撃を回避し、頭上を飛び越えていくオオカミの腹にタッチした。
キャンンン!
オオカミはダメージを負い、そのまま床に投げ出された。
カトレアの、強力な雷魔法が当たったのだ。
これで一匹は仕留めたが、あと四匹はいる。
しかも、その後ろにはミノタウロスが控えているのだ。
これは厳しい戦いだ。
突然、神殿の奥からロゼッタの声がした。
「姉さん! 水を使って!」
「水?」
ロゼッタが、こちらに手のひらを向けている。
その頭上には、キラキラと輝くカエルのぬいぐるみが浮いていた。
「レイニー! お願い!」
ロゼッタが叫ぶと、レイニーは魔物達に目掛けて高圧放水をした!
高圧で発射された水は、魔物達に命中!
魔物達は驚いて、ロゼッタの方に注目した。
ミノタウロスとオオカミは、ずぶ濡れだ。
しかし、どうやら大したダメージが入っていない様子だ。
ずぶ濡れの魔物達を見て、カトレアはピンときた。
カトレアの脳裏には、酒場でロゼッタに見せたガラスコップのイメージがよぎっていたのだ。
「水! なるほどね! クリフ、さがってなさい!」
彼女はそう言うと、前へ進み出た!
そして膝をつき、水浸しの床に手を触れた。
「いくわよ! 凍りなさい!!」
それは一瞬だった。
彼女が触れた水が瞬く間に氷となって、魔物達を包み込んだ!
ずぶ濡れになっていた魔物は、体全体が瞬間凍結してしまった!
オオカミは、恐らくもう動けない。
しかし、ミノタウロスがまだ暴れていた。
ミノタウロスは、自身が完全に凍り切る前に水溜りから脱出。
しかし、ロゼッタはそれを逃さない!
すかさず、テディが突っ込んだ!
ミノタウロスは、テディを弾く!
すると今度は、背後から水の球に包まれたレイニーが突っ込む!
ダメージは通らないが、ミノタウロスは驚いた様子だ。
ロゼッタは両手のひらを、ミノタウロスへと向けていた。
テディとレイニーによる、同時攻撃を行なっていたのだ!
ダメージは弱いが、手数で攻める!
ぬいぐるみ達の猛攻に、ミノタウロスは防御するのみで身動きが取れない様子だ。
そこへ向かって、真っ直ぐと突き進む者の姿があった。
クリフだ!
「我が体は、岩をも砕く!」
クリフは唱えながら、ミノタウロスの脚に全身でタックルをした!
ミノタウロスはバランスを崩し、背中から倒れる。
ドーーーーン!
ミノタウロスは驚いた様子で天井を見つめた。
視線を上げると、頭上にはカトレアの姿があった。
「バイバ〜イ!」
カトレアは、ミノタウロスの眉間に軽く触れた。
次の瞬間、ミノタウロスの全身に電流が流れた!
ウモオオオオオオオオオオ!!
ミノタウロスは叫び声を上げながら、再起不能となった。
カトレアは魔物を始末すると、パッパッと手を叩いて手についた埃を落とした。
敵は全て倒した。これで一件落着だ。
そう思った矢先、カトレアはロゼッタの方に不穏な空気を感じた。
「ロゼッタちゃん! 危ない!」
カトレアが叫び、指差した方向には刻印の男がいた!
男は瓦礫の破片を持って、ロゼッタに向かって突き進んでくる。
ロゼッタの近くには、テディもレイニーもいない!
刻印の男は、憎悪に満ちた表情で瓦礫の破片を振りかぶった!
「死ねええええええええ!」
しかし、ロゼッタはニヤリと笑った。
その直後、刻印の男の脇に何かが衝突!
それは、なんと長椅子だった。
男は壁に打ち付けられ、長椅子に潰されて意識を失ってしまった。
ロゼッタが、倒れた男を見下ろす。
「わたしが操れるのは、ぬいぐるみだけじゃないぞ! 油断したな!」
全ての決着がつき、ロゼッタ達三人はお互いの無事を確認し合った。
やがて、騒ぎを聞きつけた騎士団が神殿に突入して来る。
例の、ラーク率いる部隊だ。
彼らは神殿内の惨状を見て、言葉が出ない様子だった。
ロゼッタ達が事情を説明すると、ラークは手際よく対処してくれた。
ラークは部下に命じて魔王教団の三名を連行し、祭司の遺体も回収した。
彼は氷漬けになった魔物を、まじまじと見ながら言った。
「まさか、魔王教団がこの町にも潜伏していたとは……」
「あいつらは、いったいなんなのだ?」
「荒廃する世の中への不満から生まれた教団です。このまま世の中が荒んでいけば、彼らの力は更に増すことになるでしょう」
刻印の男は、ロゼッタのような弱者が生きているのを見るとムカつくと言っていた。
世の中の理不尽に対する行き場のない怒りが弱者へと向き、魔王教団を生み出したのだろうか。
しかし、彼らの使った闇魔法や召喚魔法は、本来であれば使用に相当な魔力を要するはずだ。
いったい、どういう方法で使っていたのだろう。見当もつかない。
謎だらけの組織である。
ひとまずロゼッタ達は、後の始末を騎士団に任せて宿を取ることにした。
流石にこれだけの戦闘をした後、すぐに旅に出るのはキツい。
一度、落ち着いてから出発しよう。
ロゼッタは、その夜おかしな夢を見た。
真っ暗な空間に、自分一人しかいない。
「みんな! どこ?」
叫んでみても、空間に自分の声がこだまするだけだ。
しばらく、静寂な時が流れた。
すると、急に闇の奥から声がした。
「よう! 最弱!」
なんと、刻印の男が現れたのだ。
「お前、パペッティアなんだって?」
男は、ニヤリと笑う。
すると闇の奥から、顔を隠したローブ姿の人間達がゾロゾロと現れ始めた。
彼らは、口々に呟いていた。
「殺せ。殺せ」
ロゼッタは後退りをするが、後ろは行き止まりのようだ。
「来るな!」
一人の男がフードを脱いだ。
フードの下には、信じられない人物の顔があった。
ジージだ!
「あれほど人前で使うなと言ったのに……」
「ジージ!」
群衆の中には他にも、見慣れた顔の者達がいた。
村人達。ハル。ラーク。
そして……。
「クリフ! カトレア!」
皆口々に呟いていた。
「パペッティアを殺せ!」
突然、背後からロゼッタの肩を掴む者があった。
振り返ってみると、ローブ姿の男が立っていた。
男は、ロゼッタに告げる。
「王の猟犬がお前を殺す!」
「ウワアアアアアアアアアアア!」
ロゼッタは、ベッドからゴトンと落ちた。
隣で寝ていたカトレアが心配そうに、ロゼッタを見る。
「夢……」
「ロゼッタちゃん、大丈夫? うなされてたよ」
カトレアは、心配して腕を広げている。
ロゼッタは、カトレアの胸に飛び込んだ。
「姉さん! 姉さんは、わたしのこと見捨てないよね?」
「え!?」
ロゼッタは震えていた。
カトレアは震えるロゼッタを抱きしめ、頭を優しく撫でた。
「こんな可愛い子を見捨てたりしないわ。それに、私たちは仲間よ」
「……うん」
ロゼッタは、カトレアの温もりを感じて少し落ち着きを取り戻した。
すると、その時。
トントントントンッ!
急に、ドアをノックする音が聞こえた。
「早朝に失礼します。騎士団の方がお見えです」




