第八話 大人の女性
森は静かだった。
木々の間から差し込む光が、森に朝を告げていた。
どこからか、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
ロゼッタとクリフは、町へと続く森の小道を共に歩いていた。
ロゼッタは大きな荷物を背負って、旅の準備は万端だ。
昨夜の魔物との戦いの後、ロゼッタとクリフは村で夜を明かした。
ロゼッタの、旅の準備があったのだ。
それにお世話になった村の方々にも、挨拶をしておきたかった。
明け方、村を去る前に、村人に一通り挨拶を済ませた。
村の皆はロゼッタを引き留めるのだろうと思っていたが、意外にも快く送り出してくれた。
皆、ロゼッタとクリフが共に魔物と戦い、そして打ち倒したことを知っていたのだ。
ロゼッタとテディの秘密までは知られていないと思うが、少なくともクリフの力を目撃した者が何人かいた。
壊滅した村に留まるよりは、クリフと共にいた方が安全だと思ったのだろうか。
こんな辺境の村まで魔物の襲撃があったのだ。今や世界のどこにも安全な場所などない。
ロゼッタは、新たな夜明けに心躍らせていた。
随分と足取りが軽い様子だ。
彼女の目の前をウサギが通り過ぎ、ロゼッタはそれを目で追った。
「ところで、魔物と動物の違いってなんなのだ?」
「魔物と動物の違い? うーん」
クリフは顎に手を当てて考えた。
「魔物と動物の違いは、魔法が使えるかどうかだ。魔物は魔法生物の略だからな」
「それ本当か? じゃあ人間は動物じゃなくて、魔物なのか?」
「え? うーん」
クリフは、言葉に詰まってしまった。
そうこうしている内に、町が見えてきた。
町の中に入ると、療養所に人が頻繁に出入りしているのが見えた。
随分と慌ただしい様子だ。
昨夜の戦闘で負傷した村人達が運び込まれた為に、大忙しなのだろう。
恐らくジージもいる。後で、挨拶をしに行かなくては。
ロゼッタとクリフは、通りを抜けて広場へと向かった。
広場は、沢山の人で賑わっていた。
市場が立ち、町の住人や、旅の冒険者が集まって買い物をしている。
クリフは広場の一角に酒場を見つけ、その中へと入っていった。
荒くれ者の集う酒場にロゼッタを連れて入るのは気が引けるが、ツレとここで落ち合う約束なので仕方がない。
朝っぱらだと言うのに、酒場は随分と賑わっている様子だった。
恐らく旅の途中で立ち寄った、クリフのような冒険者が集まっているのだ。
ロゼッタは、今まで酒場には立ち入ったことがなかった。
彼女は初めて目にする大人の世界が珍しかったらしく、あたりをキョロキョロと見回している。
クリフは酒場を見渡して、ツレを探してみた。
すると奥の方で、こちらに向かって手を振っている女性を発見。
「おっそ〜い! いったい、どれだけ待たせるのよ!」
「すまない……」
その女性は、美しい赤茶色の髪を後ろで束ねていた。
見たところ、色白でスタイルが抜群。
そして、妙に色気のある大人の女性と言った感じだ。
突然、ロゼッタはクリフを訝しがるような目で見た。
「おい、どう言うことだ? お前、美女の弱みを握って連れ回しているのか?」
「人聞きが悪い……普通に、ただの仲間だよ」
「お前に、あんな美女の仲間がいるわけがなかろう!」
美人なお姉さんは、ロゼッタの存在に気づいたようだ。
彼女も驚いて、クリフに向かって叫ぶ。
「え!? どう言うこと! あなた、女の子をさらってきたの!」
「姉さんも、人聞きが悪い! 俺が、そんなことするはずないだろ!」
クリフは、周囲を見渡して萎縮した。
不穏な空気を察した他の客の視線が、彼に刺さる。
三人はひとまずテーブルにつき、お互いに事情を説明しながら食事をした。
美人なお姉さんが、料理を注文してくれたのだ。
「へぇ〜それで帰りが遅かったのね」
「ああ、魔物が思いの外強くて苦戦した。でも、このロゼッタが助けてくれたお陰で倒すことができたんだ」
「なるほどねぇ」
美人なお姉さんは、ロゼッタに笑顔で手を差し出してきた。
「はじめまして、私はカトレアよ。よろしくね!」
カトレアは、ロゼッタにウィンクを送った。
「よ、よろしくお願いします……」
ロゼッタは、少し恥ずかしがりながら、カトレアが差し出した手を握って握手をした。
カトレアは、クリフとここよりずっと南の国から旅をして来たらしい。
元々華やかな街で踊り子をしていたのだが、疫病で街が壊滅してしまった為旅に出たのだ。
その疫病も、魔王が生み出したものだという噂だ。
カトレアもまた、魔王を倒すために世界樹の頂上を目指していた。
各々昔の話をしていると、テーブルに次々と料理が運ばれてきた。
肉や野菜が皿にたくさん盛られており、随分と豪勢だ。
しかも、カトレアはお酒も頼んでいた。
ちなみに、ロゼッタはジュースを頼んだ。
テーブルの上に並ぶ豪華な食事を見て、クリフの顔が青ざめた。
「姉さん、俺ら金がないんだよ金が……どうすんの、この料理」
「え、それなら大丈夫。昨日一晩で、沢山稼いじゃったから!」
ロゼッタは、驚きのあまりジュースを吹き出した。
一晩で稼いだ? 夜のお仕事か?
ロゼッタは急に赤面する。
カトレアがお酒を飲む姿が、妙に色っぽく見えたのだ。
ドカドカドカッ
突然、店の入口の方が騒がしくなった。
「おらぁ! 女! 出てこい!」
何やら、柄の悪い男二人が騒いでいる様子だった。
彼らは、魔法の杖を抜いている。
がなり立てる声を聞く限り、彼らは女を探しているとのことだ。
彼らは一通り店内を見渡した後、ロゼッタ達の方に向かって歩いてきた。
「おい、見つけたぞ!」
男の一人が、カトレアを指差した。
クリフが、心配そうにカトレアを見る。
「姉さん……」
「大丈夫っ」
カトレアは、涼しげな顔をしていた。
柄の悪い二人組の男は、カトレアに近づき声を荒げる。
「昨晩は、世話になったのぉ!」
カトレアは、お酒を静かに飲み続けていた。
ロゼッタは、何故か赤面している。
すると、男の一人が続けた。
「俺らから盗んだ金を、返してもらおうか!」
カトレアは突然、静かに立ち上がった。
そして、少しふらつきながら男達の前へと進み出る。
「ごめんなさい……私、少し酔ってて……」
カトレアは、ふらつきながら男達に近づいて行く。
足元が、おぼつかない様子だ。
カトレアはつまずいて転びそうになったが、二人の男の肩に手をかけて体を支えた。
二人の男は、倒れ掛かってきたカトレアに対して何か言おうとしていた。
ところが、どうしたことだろう。何故か口がうまく動かせない。
「な、なに……を……」
突然、男二人はバタンッと音を立てて床に倒れてしまった。
そしてカトレアは、何事もなかったかのように手に付いた埃をパッパッと払って言った。
「さあ、食事の続きをしましょうか」




