3.屍体捜索~異臭調査~
前にも言ったがよ、屍体をそのまま放って置くと、悪霊が取っ憑いて悪さをしたり、疫病の発生源になるってんで、ホトケさんは速やかに弔うべしってのが原則になってる。
けどな、世の中キチンと死ぬのを看取ってもらえるホトケさんばかりじゃねぇんだ。人知れず死んで、そのまま放置されてるホトケさんだって珍しかぁねぇ。
そんなホトケさんを放って置いちゃ色々と都合が悪いってんで、発見次第然るべき処置ってやつを施すべしって事になってる。――いや、その事ぁいいんだ。
ただなぁ……死体が有るような無いような、そんなあやふやな情報ってのが寄せられる事だってあるわけよ。――お? 何だか解らねぇって顔だな?
何、そんな難しい謎々じゃねぇ。……臭いってやつよ。
〝何か腐ったような臭いが、どこからともなく漂ってくる〟
放って置いて万一の事があっちゃ拙い。
けど、当局が動こうにも、どこに行けばいいのか判らねぇ……どころか、本当に屍体があるのかどうかがまず怪しい。
そんな時に動くのも、俺たち死霊術師の仕事ってわけよ。
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「どっからか、何か腐ったような臭いがする?」
「あぁ。そこまで強い臭いじゃねぇし、どっから臭ってくんのかも判らんが、放って置くのも気分が悪いし……何か起きたらコトだろう?」
「確かに……」
その日、俺んとこに持ち込まれた依頼は、間違い無く死霊術師の仕事であり……同時に面倒なもんだった。
何しろ、正体は疎かどこにあるかも判らねぇ異臭の元を探し出せ――ってんだからな。
ただ……こういう異臭の元が腐爛屍体って可能性は、残念ながら無視できねぇ。そうである以上、何か面倒が起きる前に、その「屍体」をどうにかしなくちゃならねぇってのも、これまた筋の通った話なわけだ。……その仕事が俺たち死霊術師に振られる事と同じくれぇにな。
「……臭いに気付いたなぁいつの事で、場所はどこだったんで?」
どうせ押し付けられる仕事なら、前向きに取り組んだ方が、世間様の受けも少しは良くなるってもんだ。
――そう思って、詳しい事情を訊いたんだが……
「……ここですかぃ?」
「あぁ。不思議な事に、ここ以外の場所だとそんなに臭わん。あちこち歩き廻って確かめてみたんだが、微かにでも臭うのはここだけなんだ」
「そりゃまた……おかしな話で……」
案内してもらった場所ってのは、村からそう遠くない畑の外れだった。俺ゃ、別の意味でもおかしいと思ったね。
――知ってるか? 屍体ってのは、実は森の中なんかより人里の近くで多く見つかるもんなんだ。理由は簡単で、森の中じゃ直ぐさま魔物や獣に食われちまうからよ。当然、アンデッドになったりする暇も無ぇわけだ。森ん中でアンデッドに出会すなんざぁ滅多に無ぇよ……吟遊詩人どもが何て歌ってるかは知らねぇけどな。
ただ……その時教えてもらった場所は、あまりにも人里に近過ぎる気がした。ここまで村に近い場所だと、屍体は腐る前に見つかりそうな気がするんだが……
「……それとな」
「まだ何かあるんで?」
「あぁ……確証が無いんで言いにくいんだが……」
「この際、気付いた事があれば何だって教えてもらえますかぃ? 少しでも手懸かりが欲しいんで」
「あぁ……飽くまで俺の感じでしかねぇんだが……」
――いいから、とっとと話せってんだ。
「……腐ったような臭いにゃ違い無ぇんだが……屍臭とは少し違うような気がしてな」
「屍臭じゃねぇ?」
……素人の感覚って事を割り引いても、こりゃ聞き捨てにゃできねぇ話だ。
「……今もその臭いがしますかぃ?」
「いや……ここ暫くは臭ってこんな」
俺の鼻にもおかしな臭いはしてこねぇ。……って事ぁ……この旦那が特別な鼻を持ってるってわけでもなさそうだな。
少しだけ考えて、俺は【嗅覚強化】のスキルを使う事にした。
感覚強化系のスキルってなぁ斥候系の冒険者にゃ必須のスキルなんだが、この【嗅覚強化】ってスキルは、あまり人気のあるスキルじゃねぇ。……視覚や聴覚は人気なんだがな。
あまり人気がね無ぇ理由の一つは、風向きに左右されるからだろう。あと……臭跡を追う時に地面に顔を近付けて、場合によっちゃ四つん這いになるってのも不人気の理由なんだろうな。格好悪いってのもあるだろうが、周囲の警戒も疎かになりそうだし。
ただ……今回みてぇな事があるから、死霊術師にゃ結構役立つスキルなんだよな。術師学校でも取得を勧められたし。
――で、俺ぁ【嗅覚強化】で臭いを辿ろうとしたんだが……
「……はてね?」
……臭いは俺の足下から漂って来ていた。
「あ? ……だったら、ここに屍体が埋められてるって事か?」
「いや……そんな筈は……」
ここに屍体が埋まってるってんなら、蠅だの死出虫だのが温和しくしてるわけが無ぇ。何しろあいつらは目敏いからな。死体があれば、あっという間に集まって来る筈だ。
それに何より、この場所にゃあ死の気配ってもんが無ぇ。どんな間抜けな死霊術師だって、足下に屍体が埋まってて気付かねぇ……なんて事があるわきゃ無ぇ。
「……とにかく、ちょいとばかり掘ってみてよござんすかね?」
「そりゃ……俺としても異存は無ぇが……」
ちっとばかり腰が引け気味の旦那を放って置いて、俺ぁ地面を軽く掘ってみた。力任せの掘削から精密な発掘まで、穴掘りってなぁ死霊術師にゃ必須の技能だからな。……あまり知られちゃいねけぇけどよ。
で、そうやって暫く掘ってると……
「……何だ? そりゃ」
「さて……古い土管みてぇですけどね。……お心当たりはござんせんか?」
「……そう言やぁ……昔はこの辺りにも家が建ってたって聞いた事があるが……」
「配水管の名残なんでしょうかね」
今は配水管としちゃ使われてねぇみてぇだが、空気……ってか、臭気の通り道としちゃ機能してるらしい。鼻を近付けてみるまでも無く、土管から異臭が漏れてるのが判る。
「……この先に何かあるってのか?」
「そうみてぇですぜ? ただ……こりゃ屍臭じゃござんせんね」
「……みてぇだな。俺でも判るわ」
どうやら腐爛屍体じゃねぇみてぇだが、この先に異臭源があるなぁ確かなわけで、それをはっきりさせるのが俺の仕事だ。で、俺はその水管に従って異臭の元を辿って行ったんだが……結論から言えば、事件性ってやつは全く無かった。
酸敗して食えなくなった魚醤だか何かを穴掘って埋めたやつがいて、その場所ってのが偶々古い配水管の傍だったってわけだ。その臭いが配水管を通って遠くまで漏れちまったって事だな。
埋めた本人が恐縮して、消臭処理をして――俺も手伝ったけどな――埋め直したんで、この件はそれで落着って事になった。
ま、こんなのも死霊術師の仕事ってわけだ。