頭の良い犬。
犬が、賢い。
犬が、賢すぎて、非常に、困る。
「はーい、美味しいおやつですよー!」
手のひらの上にのせた、ささみボールを犬の口元に差し出すと。
「……フン!」
実に勝ち誇った顔で、愛犬がそっぽを向いた。
てっくてっくと、犬小屋の中に入っていく!!
……くそう、なんてこった。
完全にバレている、なめられている、バカにされている。
私は手のひらのささみボールをぎゅうと握り、器に入れて犬小屋の前に置いた。
絶対晩御飯まで残ってるよなあ、これ……。
一週間前の事である。
愛犬の調子が悪いので、動物病院に行ったところ、内服薬を六種類も出されてしまった。
「めちゃめちゃありますね、これどうやって飲ませるんでしょうか……。」
「そうですね、えさに混ぜて飲ませてください。」
先生の言葉を微塵も疑わず、ドッグフードにえさを混ぜて差し出してみたのだが。
「げえ、薬だけ残してある!!!」
ぺろりと食べた器の中に、白い薬が六粒。
二三粒残ってるならまだわかる、しかし全六粒残っているとはどういうことだ!!
仕方がないので、大好物のチーズを持ってきて、中に丸め込んで食べさせてみた。
もぐもぐ・・・・・・。
あ、食べてるな、良かった良かった。
安心して、水の入れ替えをしていた私の耳に。
「……ペッ!!」
「うん?」
すぐ後ろで、薬だけ器用に吐き出している犬がここに!!!
「ちょ……!!なんちゅー器用な事すんだ、飲んでよ!!」
「……。」
犬は何も言わずに、犬小屋の中に入ってしまった。
こうなると無理やり出そうにも手が出せない。
うちの犬はおだやかではあるものの中型犬で、下手に手を出すとがぶりといってしまう事があるのだ。
どうしたものかと、策を練る。
おやつの犬用パンにねじ込んでみたら、二つ目までは食べた。
だが、三つ目を出した時に、例のフン!を受けてしまったのだ。
それなら別のものをというんで、ちょっと高級なレトルトフードに混ぜてみたらちゃっかり薬だけが器に残っている。
がつがつ食べると危険と踏んでいるのか、実に丁寧に、ひとなめひとなめ薬がないことを確認するかのように食べてるではありませんか。
犬用デザートにねじ込んでみても、そっぽを向いて犬小屋から出てこようとすらしない。
犬用牛乳に沈ませてみても、上澄みだけを舐めて、きっちり薬部分は残すという徹底ぶり。
新しいおやつをしこたま買い込み、どうにか飲ませようとすること一週間。
「……フン!!」
もはや、お前の出すものは一切信用しないと言われているかのような、この失墜っぷりはどうだ!!
薬を仕込んだささみボールが寂しげに器の中に転がっている。
普段あれほどひょいと投げたらパクりと食べていたというのに、この手のひら返しよ……。
「全然薬を飲まないし、飲んでくれないし、完全に飲ませようとしていることがバレバレでどうにもなりません。」
「じゃあ、シロップにします?」
どうにも錠剤をのまないので、一部をシロップ薬に変えてもらった。
これを注射器で吸い上げ、唇の端をめくりあげて飲ませるのである。
「うぅー、……。」
穏やかな犬なので怒りはしないが、実に不満たらたらの様子だ。
無理やり薬を口の横から注射すると、頭をぶんぶん振り回して……これ絶対飲めてないよなあ……。
びしょびしょになったコンクリートの上を水で流しつつ、薬を飲ませる方法を模索する。
大好物のささみでどうにかできないか。
食べ慣れないおいしいレトルトいろいろ買ってこようか。
マヨネーズで丸めるとか、生クリームに入れるとか、アイスに入れるとか……。
どうもしっくりこないまま、いろいろやっては見るのだが。
ささみを茹でて、スープたっぷりにしてシロップを混ぜてみても、ささみだけ拾っていっちゃうし。
レトルトに混ぜたら、今度は丸っと食べないようになってしまった。
薬入りのものはきっちり拒否して、新しいえさをよこせと吠えるようになってしまったのである!
穏やかでなかなか吠えない犬なのに、これはストレスもハンパないに違いないぞ……。
「粉の方がいいのかなあ……試してみます?」
「そうですね。」
今度は粉薬にしてみた。
息子が小さかった時に少しの水で練って、上顎にこすりつけて飲ませてたなあ、そんなことを思い出しつつ練ったものをチーズで挟んで食べさせる。
「へっへっへ!」
うん?思いのほか、普通に食べたぞ……。
やけににこやかにお座りして待っているじゃありませんか。
どうやらうちの犬は、錠剤の固い感じ?がダメだったらしい。
錠剤を砕いて水で練って、チーズで挟むとパクパク食べるようになった。
食欲も旺盛になり、ぐんぐん元気になっていく、犬。
すっかり体調を回復し、薬を飲まなくても良くなったのだが。
「……フン!」
すっかり贅沢になってしまい、普通のドライフードじゃ不満を訴えるようになってしまい!
また記憶力がいいんだよ、デカイ袋でいろいろ買って来たのをしっかり覚えていてですね!
棚の中にしまい込んでいる事をしっかり見ていてですね!
「もうないよ、また明日ね!」
「……。」
まっすぐこちらを、私の後ろの棚を、じっと見つめる、目が、目がー!
スルーできない、弱すぎる飼い主の私ー!
「ちょっと体重増えすぎですね。おやつは控えましょう。」
ドライフードを食べさせるために、美味しいおやつやチーズ、レトルトをトッピングしていたツケがですね!
しっかり、犬の身に、身についてしまいましてですね!
どこをどう見ても、丸っこい、明らかに過体重の犬がここに!
「散歩多めもいいですよ。」
「そうします。」
普通、病気の後ってさ、痩せちゃってたくさん食べなさいとかさあ、言われるもんじゃないの……。なんでこんなに、みちみちのぷくぷくになってんの。
そういえば、旦那が休みの日にいろいろ食べさせているのをみたぞ。あの人も大概犬のおねだりに弱いからな……。
……ペットってさ、飼い主に似るっていうじゃない?
旦那みたいにさあ、人の二倍の体重を誇るようになっちゃうとか?
犬まで太ったら、ご近所さんの目が、目がー!
あの家は、人だけじゃなく犬までも増量するのだと、あらぬ噂が立つ可能性!
私は朝晩の犬の散歩の時間を、15分づつ増やすことを決めた。
しっぽをフリフリ、大喜びで散歩に出掛ける犬。
実に満足そうに、てってけてってけ歩いているのを見るとですね。
……もしかしたら、散歩の時間を長くしてほしくて、わざと、太ったり、してない?
そういえば、散歩から帰ってもなかなか犬小屋に入らなくて困ってたんだよね。
最近は進んで小屋に入っている、ような。
「へっへっへ!」
……無邪気な犬に、追及したところで、ねえ。
私は犬の頭をひと撫でして、散歩の続きを楽しむためにゆっくり歩きだしたのであった。