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寓意の光景  作者: 紫李鳥
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「紹介しよう。今度、校正をお願いする森さんだ」


 柴田が皆に紹介した。


「森純香です。よろしくお願いします」


 お辞儀をした。


「よろしくお願いします」


 皆が一斉に発した。


「ちょっと出掛けてくる」


 例の女に柴田が告げた。不平そうな顔つきを柴田に向けた女は、その視線を純香にズらした。


 二人はデキてる。純香は直感した。


 状況は予想外の展開を見せていた。いつの間にか、純香は柴田のペースに引き込まれていた。……どうする。今更、後には引けない。この機会を逃したら復讐できなくなる。――結局、純香は柴田に一任した。


 銀行でお金を下ろすと、柴田と東岩瀬に向かった。――車中、柴田は余計なことを聞かなかった。……初めて会った女をそんなに信用していいの?純香の方が心配した。


 柴田が一方的に喋ったのは、魚津の蜃気楼や砺波のチューリップなど、観光スポットの魅力と、東京の出版社に六年在籍していたということだけだった。道理で(なまり)がないわけだと純香は思った。


 とんとん拍子に事が運び、柴田の家の近くにアパートを借りることになった。翌日には早速、原稿を手にした柴田がやって来て、仕事が始まった。


 ボストンバッグには当座の着替えしか詰めていなかった純香は、結局、東京のアパートを引き払うことにした。東京の不動産屋とR出版社に電話をすると、引越しと辞職を告げた。


 一ヶ月後、月末までの数日を利用して上京すると、荷造りをした。――運送屋が来た後、不動産屋に鍵を返してから、R出版社に辞表を持って退職の挨拶に行き、その足で富山に向かった。帰途、柴田との会話を思い出していた。


「在宅にしてもらって良かったわ。着の身着のままだったから」


「荷物はいつ届くの?」


「再来週、上京して荷造りしますので、今月の末には」


「そう。そしたら落ち着くね」


 原稿を交換しながら、柴田が笑顔を向けた。


 ――届いた家財道具を置くと、がらんとしていた六畳間もやっと部屋らしくなった。仕事の方も順調だった。それと同時に、復讐を企んでいることも知らず、信頼して原稿を運んでくる柴田に、いつの頃からか、純香は惹かれているのを感じていた。


 だが、その都度(つど)、「柴田は母の(かたき)よ」と、自分に言い聞かせていた。しかし、そう言い聞かせながらも、結局、これと言った復讐方法も思いつかず、後回しにしていた。


 それから数日が経った頃、公募で最優秀賞を獲得したノンフィクション小説の校正をしていると、不意に電話が鳴った。電話番号は柴田しか知らない。


「……はい」


「もしもーし、森さん?」


「はい」


「柴田雅人と言います」


 酔っているようだった。


「……社長」


「社長はイヤだな。できればマサトさんて呼んでほしいな~」


「酔ってるんですか?」


「うーん、……かも」


「どうしたんですか?校正ミスでもありました?」


「いや。君の校正はパーフェクトですよ。何も言うことはありませーん」


「ありがとうございます」


「今、『のんべえ』にいるんだけど、ちょっと来ない?八百屋の隣の隣の隣」


「……今、校正中なので」


「そんなの明日でいいから。ね?待ってるから。じゃあね」


「あっ、あ……」


 電話は一方的に切られた。仕方なく、淡いピンクの口紅を引くとハーフコートを羽織った。

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