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寓意の光景  作者: 紫李鳥
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 純香は、背筋に悪寒が走るのを感じた。そこには、予想だにしなかった真実が赤裸々に綴られていた。純香は、探偵気分で調子に乗っていた自分を恥ずかしく思った。母の自殺の原因は全く違うところにあったのだ。父は何も教えてくれなかった。父は一人、その屈辱に耐えていたのか……。


 ――純香は、帰宅した柴田に無言で抱きついた。


「……どうしたんだよ」


 不意に抱きつかれて、柴田は当惑した。


「……ううん、なんでもない。おかえりなさい」


「お母さん、子どもの前やちゃ」


 美音が呆れた顔をした。


「あら、いたの?」


 純香がとぼけた。


「ずっといたわちゃ」


「どうしたんだ?二人とも」


 ネクタイを緩めながら美音を見た。


「私はいつもと変わらんわちゃ。お母さんがおかしいのちゃ 」


「イッヒヒヒ……」


 純香が変な笑い方をした。嬉しかった。幸せだった。純香は、柴田と美音との、この生活が天国に思えた。


「お父さん。きょう、すき焼きやちゃ」


「おう、うまそうだな」


「美音、卵持ってきて」


「は~い」


「松崎んちに寄ってきたよ」


 ジャケットを手渡した。


「……」


「家は無かった。火事に遭ったんだと。お隣に聞いたら」


「えー?」


 純香は、初耳の振りをして驚いてみせた。


「ご両親が亡くなって、親戚の家に引っ越したんだと」


「あのね、例の医者だけど、名前、徹じゃなかった」


 この件は終わりにしようと思い、純香は嘘をついた。


「だろ?ったく、早とちりなんだから」


「お父さん、卵二つ入れたちゃ」


 美音が、卵を入れた呑水(とんすい)を盆に載せて運んできた。


「お、サービスがいいな」


「元気で働いてもらわんにゃ。四人家族になるんやさかい」


 美音はそう言いながら、大きな牛肉を選んで自分の呑水に入れた。それを見て、純香と柴田は目を合わせて笑った。



 ――夏休みが終わる頃、意外な人物から電話があった。……徹だった。


「…… ひょつんとすみません。父からの手紙ちゃ読んどっただいたでしょうけ 」


 へりくだった言い方だった。


「あ、はい」


「晴樹に会うてもらえませんか」


「……ええ」


 宿敵だった徹が、今は味方になった。……そう。仮に母と入籍していれば、継父(けいふ)になるのだ。純香は、待ち合わせ場所を、母と徹が出会った実家跡にした。



 約束の時間より少し遅れて行くと、同じ背丈の二人の男が神妙な面持ちで浜辺に(たたず)んでいた。日傘を片手に小走りでやって来た純香に、二人はお辞儀をした。例の医者が松崎徹で、例の青年が炭谷晴樹だということが、目の前で明らかになった。


「……ハルキです」


 徹の紹介に、晴樹は謹厳実直(きんげんじっちょく)な面持ちでお辞儀をした。


「……スミカです」


 自己紹介しながら、繁々と晴樹の顔を見つめた。あの時は遠目で判断できなかったが、目の前の晴樹は、私の容貌(ようぼう)と、徹のクールな眼差しを受け継いでいた。それはつまり、母と徹の子供であることを証明していた。


「晴樹が来週には東京に帰るんで。東京の大学に行っとるがで」


「……そうなんですか」


「晴樹、ちょっこし向こうに行っとって」


「はい」


 晴樹は純香に軽く一礼すると、ゆっくりと(なぎ)の海に向かった。


「……僕を恨んどるでしょうね」


 暗い目を向けた。


「……あなたのお父様から手紙をいただくまでは」


「当然や。お母さんを彷彿(ほうふつ)とさせるあんたが病院に来られた時から分かっとった。お母さんの自殺の原因ちゃ僕にあるて思うて、探りに来たんやと。僕のしたことは恥ずかしいことや。弁解はしません。


 僕はあの時、理性を失い、お母さんを犯した。あの光景が眩しかったがや。ミニスカートから伸びた綺麗な脚が……。無我夢中でした。背後から口を押さえると、激しゅう抵抗するお母さんを力ずくで……。


 しかし、……信じてもらえんでしょうが、途中から互いに求め合うたがや。その一度の行為で、僕たちは愛し合うたがや。互いに見つめ合い、そして唇を重ねた。恋人同士のように……。僕は、あんたのお母さんを愛ししもたがや。理解できんでしょうが、嘘じゃありません」


 徹は想いを込めて、熱く語った。

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