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「実は、ご相談が」
「えっ?どうした」
「先日、変な手紙が――」
そこまで言って、すぐに松崎刑事を視た。すると、その顔は途端に硬直した。
「私の母の自殺の原因は、レイプされたからではないって――」
そこまで言って松崎刑事を視ると、その続きを代読できると言わんばかりに、すべてを把握した面持ちだった。
「父の浮気が原因だと。……誰が寄越したのかしら。刑事さん、どう思います?」
「わしはもう引退した人間やさかいなんとも言えんが、だっか若いもんの悪戯でないがけ」
(若いもん?どうして若い者だと決めつける?つまり、ワープロで打った文章だということを知っているからだ。『わしはワープロなんかできん。だから、手紙を書いたのはわしじゃない』それを言いたくて、ワープロの手紙にしたんだ。でも、ワープロは息子に頼むこともできるわよ、刑事さん)
だが、それを口にすれば殺されかねない、という恐怖感に純香は突然襲われた。すぐにこの場から立ち去らなければ。
「あら、もうこんな時間」
純香は腕時計に目をやって、大袈裟にそう言うと、
「どうも、お邪魔しました」
松崎刑事に物も言わせず、考える隙も与えまいとするかのように、急いで腰を上げた。恐怖心で松崎刑事の顔を直視できなかった。その無言のままでいる松崎刑事が無気味だった。松崎刑事の鋭い視線を感じながら、ミュールに爪先を入れた瞬間だった、下駄箱の下にある、白っぽい靴が視界に入った。確認すると、それはアイボリーのメッシュシューズだった。
(あの医者の靴だ。思った通り、松崎医師は松崎刑事の息子で、ここに一緒に住んでいる……)
純香は、背中に粟肌を立てながら、必死の思いで戸を開けた。そして、やっと外に出た。外に出るまでがどれほどに長く感じられたか……。今にも腕を掴まれるのではないかと、純香はビクビクしていた。解放されたらこっちのものだ。
「では、お元気で」
会釈して、松崎刑事と目を合わせた。純香に浴びせたその眼光は鋭かった。純香はギクッとすると、慌てて戸を閉め、逃げるように立ち去った。……来なければ良かった。〈The last drop makes the cup run over. (過ぎたるは及ばざるが如し)〉そんな格言が頭を過った。純香は、傷口を広げてしまったのではないかと、悔やんだ。
……だが、どうして松崎刑事は真偽の区別もつかないあんな内容の手紙を私に寄越したのだろう。単に息子を助けるためだけだろうか。
単独行動に不安を覚えた純香は、柴田に助け船を出してもらうことにした。――美音が寝た後、冷酒を味わっている柴田に手紙の件を話した。
「ね、あの刑事が松崎さんのお父さんだって知ってた」
「いや。松崎の父親は確かサラリーマンだったはずだよ」
「エーッ!」
純香は自分の耳を疑った。
「住まいは『下奥井』だよね」
「いや。『城川原』だ。『蓮町』の次の」
「エーッ!どういうこと?じゃ、あの二人は親子じゃないの?」
「うむ……そうなるな」
「でも、同じ靴が」
「靴なんて似たり寄ったりだよ」
「……だけど」
「おっちょこちょいなんだから」
「……でも、そんなことって」
私の勝手な推測が辻褄を合わせるために二人を親子にしていたのだろうか。確かに顔は似ていない。……だが、あの二人は無関係ではない。
「親戚に刑事は?聞いてない?」
「いや、そこまでは知らん。あれ以来絶交状態だからな。……とにかく、もう探偵みたいなことはよせ。お腹の子に何かあったらどうするんだ」
「……はい」