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寓意の光景  作者: 紫李鳥
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 ――純香は、柴田に勧められた酒をたしなみながら、許し切ってない柴田に対する自分の挙措(きょそ)に迷っていた。思い切り甘えられない歯痒(はがゆ)さ、思い切り責められないもどかしさ。それらのものが、アルコールで麻痺(まひ)してきた脳をぐじゃぐじゃにしていた。


「……眠い。……寝る」


 純香はそう呟くと、少しふらつきながら寝室に行き、布団に潜った。


「着替えないと風邪引くぞ」


 柴田はそう言いながらカーディガンを脱がしてやった。


「……バカ。雅人の……バカ」


 純香が譫言(うわごと)のように呟いた。カーディガンを畳んでいた柴田の手が止まった。そして、目頭を熱くした。感情を抑えていた純香の本音を知ったからだ。


「……ごめんな、純香」



 ――純香が目を覚ますと、柴田は炬燵で寝ていた。


「風邪引くわよ」


「……ん」


「寝てたの?」


「君が寝たから」


「帰って寝ないと」


「泊まっていいだろ?」


「だって、美音ちゃんが」


「あいつが言ったんだ。明日は休みだから泊まってくればって」


「じゃ、ちゃんと布団に入って」


「はーい」



 ――布団の中で、柴田は純香の手を握っていた。


「泊まるの初めてだから、初夜みたいだな」


「こないだ泊まったじゃない」


「あの時は、美音が居たじゃないか。一人で泊まるのは初めてだよ」


「ええ、そうね」


「新郎は何もできず、ただ、天井を仰いでいたのだった」


「ふふふ。バカみたい」


「あっ。バカと言えば、さっき寝言言ってたぞ」


「嘘。なんて?」


「雅人、愛してるわって」


「嘘よ」


「嘘じゃない」


 柴田は純香に重なると、唇を奪った。


「うっ」


 不完全な抵抗の後、やがて、純香から余計な力が抜けていた。間もなく、撹拌(かくはん)された柴田に対する愛と憎しみの液体は、グラスの中で二層に分かれた。憎悪は沈澱(ちんでん)し、愛という名の鮮やかな色を(たた)えていた。純香は、柴田の指に操られる人形になりながら、そこにはもう、理性の一欠片(ひとかけら)も無かった。――



「……うちで一緒に暮らさないか」


「……嬉しいけど、このままがいい」


「どうして?子供がいるから?」


「ううん。美音ちゃんのことは好きよ。可愛いもの」


「じゃ、どうして」


「美音ちゃんのお母さんになんかなれないもの」


「母親になんかならなくていいさ。友達感覚でいいんだ。いろいろ教えてやってくれ。妹みたいに思ってくれてもいいし、生徒みたいに思ってくれてもいい。な?」


「だったら尚更(なおさら)、このままの方がいいわ。美音ちゃんが好きな時に遊びに来て、私も好きな時に遊びに行ける形の方が」


「だが、隣近所の目があるだろ。君はそれでも平気なのか?」


「私は平気よ。でも、美音ちゃんがどうか」


「あいつの気持ちは分かってるさ。はっきり言ったよ、君にお母さんになってほしいって」


「……」


「ただ、その後に言った。『コブつきじゃ来てくれないだろう』って。あいつも子供なりによく分かってる。……あいつが、明日の休み、どこか一緒に遊びに行きたいって」


「……」


「行くだろ?」


 柴田が顔を向けた。


「……ええ」


「どこに行くか。映画でも観るか。ん?」


 柴田は煙草をくゆらしながら、純香を見た。


「……そうね」


 純香は、明確な返答ができない自分の立場が()れったかった。“母の件”さえ無ければ、感情のままに、その喜怒哀楽を素直に表現できるのに。柴田との(わだかま)りが無ければ、その胸に飛び込めるのに……。事実が明らかになるまでは、復讐の件は保留にするしかない。そう結論付ける度に、〈Never put off till tomorrow what you can do today. (今日できることを明日に延ばすな)〉そんな(ことわざ)を頭に浮かべた。

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