15
柴田が帰ってきたのは、翌日の夕方、美音と食事をしている時だった。そのノックに純香は美音と目を合わせると、急いで玄関に走った。ドアを開けたそこには、悄気返った無精髭の柴田の顔があった。
「お父さん!」
美音が抱きついた。
「心配かけてごめんな」
柴田は精一杯の笑顔を作った。
「東京の面倒な仕事は片付きました?」
「ん?……あぁ、やっと片付いた」
純香の計らいに、柴田は感謝の笑顔を向けた。
「今、食事中。一緒に食べて。さあ」
柴田を招いた。
「ああ。いただきます」
「ちゃんこ鍋やちゃ」
美音が教えてやった。
「おう、うまそうだな」
炬燵に入った柴田が鍋を覗いて、顔を綻ばせた。――
美音が布団に入って間もなく、柴田が重い口を開いた。
「……五時前だ。彼女から電話があって、会ってくれと言われた。別れたはずだと断ると、今すぐ会わなければ死ぬと言われて」
「……」
「仕方なく、指定されたWホテルのロビーに行った。彼女は勝手に部屋を取ると、ルームキーホルダーを俺の目の前にぶら下げて、薄ら笑いを浮かべながら、『拒絶したら死ぬわよ』と脅した。部屋に入ると抱きついてきた。よりを戻したいと言う彼女を拒みながら、終わりのない押し問答が続いた。疲れ果てて、いつの間にかソファーで眠っていた。目が覚めると、彼女はベッドで熟睡していた。チャンスだと思い、急いで部屋を出た。そしてすぐに君に電話し、自宅の留守電に伝言を残すと会社に行った。間もなくして、刑事がやって来た。それが全貌だ」
柴田は大きなため息をついた。
「……シャワーでも浴びて、さっぱりして」
「……あぁ」
柴田が目を笑わせた。――純香は柴田の話を鵜呑みにしているわけではなかった。一年足らずと言え、愛し合った仲だ。「抱いてくれなければ死ぬ」と言われたら、どんな男でも抱くだろう。もしかして抱いたかもしれない。いや、きっと抱いただろう。でも、恋人同士だったんだ。致し方ない。殺人を犯してないだけでも儲けもんだと思うことにした。
シャワーを浴びた柴田は、純香が脱衣所に置いたパジャマを着ていた。寝息を立てている美音と純香の間に入ると、純香の手を握り、「……すまなかった」そう一言言って、徐に目を閉じた。その“すまなかった”は、どういう意味なのか。心配かけてすまなかったなのか、美音の面倒を見てくれてすまなかったなのか、真結美を抱いてしまってすまなかったなのか……。純香は一人、悶々としていた。だが、今は咎めるのはよそう。ぐっすり寝かせてやりたい。そう思いながら、純香も目を閉じた。
翌日、朝食を終えた二人は帰って行った。――朝刊に容疑者逮捕の記事があった。
【――逮捕されたのは、レコード店店員、笹沢保容疑者(25)で、川島さんに横恋慕しての犯行だった。川島さんを尾行すると、川島さんが男性と一緒に入った客室を確認し、その真向かいに客室を取った笹沢容疑者は、男性が客室から出たのをドアスコープで見届け、川島さんの客室のドアをノックした。すぐにドアが開いたので、すかさず侵入すると、いきなり川島さんにののしられ、カーッとなって首を絞めたとのこと。川島さんがどうして相手の確認もしないで、ドアを開けたのかは、客室を出た男性が戻ってきたのだと勘違いしたのではないかと警察は見ている。――】
午後、随筆の校正をしていると、刑事がやって来た。……タレコミの件だろう。Wホテルで情報を得て、私に漕ぎ着いたのだろうと、純香は推測した。




