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【×日、午前10時5分ごろ、新富町のWホテルの客室で、川島真結美さん(23)が死んでいるのが発見された。第一発見者は、ホテルのフロントで、チェックアウトの時間が過ぎたため電話をしたが電話に出なかったので、鍵を使ってドアを開けると、下着姿の川島さんが仰向けで死んでいたとのこと。死因は首を絞められたことによる窒息死。警察は殺人事件として、川島さんが以前勤めていた出版社の社長である、連れの男性から事情を聴いている――】
……出版社の社長?純香は嫌な予感がして、すぐに柴田の会社に電話をした。事務員の対応から、騒然とした社内の様子が窺えた。編集長に柴田のことを聞くと、案の定、まだ警察だという返事だった。……やはり、三面記事にあった出版社の社長は柴田のことだった。ついでに川島真結美のことも聞いてみた。――
柴田は、別れたと言っていた真結美と会っていたのだ。柴田に裏切られたという思いと、真結美に対するジェラシーとが混ざり合った汚泥のようなものが、白いドレスに付着した。純香はそんな心境だった。
だが、真結美を殺したのは柴田では無い。純香はそう、確信した。それは、話の内容にあった。仮に殺したとしたら、「詳しいことは後で話すから」とか「今夜行くから」とは言わないはずだ。それに美音のことに関してもそうだ。自分が逮捕されることが分かっているなら、「美音のことを頼む」必ずそう言うはずだ。
そして、電話の様子からは、何か深い事情は汲み取れたが、動揺や狼狽は窺えなかった。つまり、電話をくれた時はまだ、真結美が死んだことを知らなかったのではないか。――真犯人は別に居る!純香は自分の推理を信じた。
富山△署では、柴田が取り調べられていた。
「――あんたと被害者が一緒やったのは、フロントが確認しとるがやちゃ。殺したんはあんたでないがけ」
脂ぎった禿頭の刑事が威光を放った。
「……確かに一緒に部屋に入りました。しかし、私が部屋を出た九時半には、まだ生きていた」
柴田は困惑の色を隠せなかった。
「十時五分に発見された時、被害者はもう死んどったがやちゃ。あんたが部屋を出たんが、九時半なら、その三十五分の間に誰か他の人間が殺したって言うがけ」
「……そうしか考えられません」
「そんなに都合よう、別の人間が殺せるもんかね」
「……」
「被害者とはいつからの関係やちゃ」
「……一年ぐらい前からです。でも、一ヶ月以上前に別れました」
「別れた女とよりを戻したがか」
「いいえ。昨日の夕方、五時前に突然電話が来て。会ってくれなければ死ぬと言われて、彼女の言う通りにしました」
「そしてまた関係を持ったがか」
「……いえ。なだめながら拒みました」
「ほう、拒んだ。若い女の裸を目の前にして、拒んだがか」
「……」
「柴田さん。そもそも、容疑者をあんたにしたのは、どうしてやと思う」
「……さぁ」
「△日、あんた、他の女とあのホテルに入っとるやろ」
「……!」
「フロントがよう覚えとったがやちゃ 。二十七、八の美人と入ったがを。そん時、あんたが持っとった茶封筒に、『ドリーム出版』とあったがを」
「……」
「その女が新しい彼女やけ」
「……」
「それで邪魔になって、殺したがか」
「……私は殺してません」
柴田は落ち着いて答えると、ゆっくりと刑事を視た。――
柴田の身の潔白をどう証明すればいいのだ。純香はそのことばかりを考えていた。夕食が出来上がる頃、電話で美音を呼んだ。元気がない美音をいつもの明るい美音にしてやりたかった。――
「お父さん、なんて?」
「急用で電話できんでかんにて留守電に入っとった」
寂しそうな顔をしながらも、旨そうにハンバーグを頬張っていた。
「そう。……で、言い忘れたんだけど、もう少し時間がかかるって。東京に行ってるみたい」
柴田が自宅の留守電に伝言を残したのは、私に電話をしてすぐだろう。柴田が警察にいることは美音は知らないはずだ。だから、暫く会えない理由を作った。
「二人で待ってようね」
「うん」
漸く笑顔になった。――純香は、柴田が帰るまで美音を預かることにした。