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寓意の光景  作者: 紫李鳥
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 ――三十分もしないで料理は出来上がった。


「お待たせしました」


「わあ~」


 トレイに載った八宝菜やハムときゅうりの中華風サラダ、かき卵スープに、美音が驚嘆(きょうたん)の声を漏らした。


「美音ちゃん、ごはんよそってくれる?」


「は~い」


 美音が駆けて行った。


「早いね」


 柴田が感心した。


「時間のかからないものを作ったのよ」


 皿を置きながら柴田を見た。


「うまそうだ」


「今、ごはん持ってくるわね」


 ――食後、お茶を飲みながらテレビを観ていた。


「暖かくなったら、ハイキングでも行くか。美人の森さんにちなんで『美女平』にでも」


「うん、行きたい」


 美音が即答した。


「ね」


 柴田が純香に同意を求めた。


「……ええ」


 明確な返事ができない立場だった。いつなんどき、敵になるか分からない今の状況では、安易な口約束はできない。純香は暗い気持ちになった。


「ね、行こう、行こう」


 純香と柴田の間に座っている美音が、純香の腕を揺すった。


「ええ。行こうね」


「うん」


「今度、うちに遊びにおいで。学校の帰りにでも」


「行ってもいいが?」


「うん。校正の仕事はいつでもできるもの」


「うん、行く」


 美音は嬉しそうな顔を柴田にも向けた。


「行ってもいいが、行儀よくしろよ」


 柴田が念を押した。


「わかっとるって」



 純香が帰っていった後、


「お父さんも一緒に行けばよかったがに」


 美音が気を利かせた。


「……後にするよ」


「ムリししもて」


「宿題は?」


 柴田が話をすり替えた。


「これから。ね、のんべーのみやげはあの人の手作りやったのね」


「……ああ」


 柴田はテレビを観ながら生返事をした。


「きょう、料理を食べてピンときたが」


「……そう?」


 柴田は上の空だった。


「夜中に行かんで、いま行けばいいがに」


「そう?では、お言葉に甘えて」


 柴田は急いで腰を上げると、マフラーを巻いて、煙草と鍵をポケットに入れた。


「鍵して、宿題しとけ」


「わかった。お父さん、きらわれんようにシンシテキにせんにゃね」


 美音がアドバイスした。


「あいよ!」


 柴田は急ぎ足で、純香のアパートに向かった。――



 純香は柴田に抱かれることに罪悪感を抱きながらも、その(ゆる)されない情事を見限(みかぎ)るだけの(かたく)なな信念は無かった。


 これといった復讐方法も見出だせぬままに、事の成り行きに身を委ねているというのが現状だった。復讐はいつでもできる。この愛が冷めた後でもいいじゃないか。いや、復讐なんて、もうどうでもいい。というのが正直な気持ちだった。……この愛に浸っていたい。……永遠に。



 翌日、美音を伴って柴田がやって来た。来る予感がしていた純香は、多めに作っておいた夕食を一緒に食べた。「おいしい」と言って頬張る美音の笑顔を見ながら、純香は幸せを感じていた。



 ――ところが、予期せぬ事態が発生した。その次の日、丸一日、柴田からなんの連絡も無かったのだ。夕刻はおろか、二十二時を過ぎてもやって来なかった。三人で夕食を摂るという純香の計画は空振りに終わった。


 不吉な予感の中で、柴田に電話をするのが怖かった。電話の向こうで、思いがけない出来事が起きてるようで、胸騒ぎがした。その思わぬ事態を抱えた柴田がドアをノックするまで、何も行動しないで、ただ、じっと待つしかないと思った。


 そこにも、相手の判断に任せるという、純香の卑怯(ひきょう)な一面が垣間見えた。柴田のことなど気にしてないわ、と装う自分の卑劣(ひれつ)さを認めながらも、それでも、「どうしたの?心配したのよ」と、会社や自宅に電話する素直な気持ちにはなれなかった。


 当夜、悪い結果ばかりが頭を(よぎ)り、寝付けなかった。――そして、浅い眠りの中で、その早朝のノックは不安を的中させた。

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