無題
ここは皇帝が治める帝都アルバ・リード
七つある都市国家の中でも経済や政治全ての中心地とも呼べるこの都市国家は空を貫くほど高いビルが立ち並び、人々が寝静まる深夜でも働く人々による喧騒が絶えることはなかった。
その一角にエルジュ宝石店がある。
エルジュ宝石店は店主一人で切り盛りしている小さな宝石店だが、各都市国家の宝石を取り扱っており、そのことを自慢にしていた。
きちんと防犯対策もされ閉店し、店の中とその周辺は暗闇と沈黙に包まれていた。
そんな店の裏を走る二つの影。
「ここがエルジュ宝石店だな。」
「そうです兄貴!!ここには高値で売れる宝石がたくさんありまっせ!!」
二人はまるで映画の中から出てきた強盗のような恰好をしており、黒い目出し帽を被って厚手のジャンバーを着込んでいた。
その内の一人は体格が筋骨隆々で、その手には大きなハンマーが握られていた。
そして、その男を「兄貴」と呼んだ男は対照的に体格は小さく、その手にはたくさんの物が入りそうな大きい袋が握られている。
どうやら、この二人は宝石店泥棒をするつもりらしい。
もちろん、宝石店も馬鹿ではない。最新鋭のセキリュティも万全にし、アリっ子一匹の侵入も許さない。
「いくぞ?……性質追加ぁ!!!!ザ・ハンマーァァ!!」
相手が能力者でなければ、の話だが……
兄貴と呼ばれた男は持っていたハンマーを構え、レンガ造りで作られた宝石店の堅固な壁にハンマーを打ち付ける。
その瞬間、大きな爆砕音と共に堅固なはずの壁は粉々に砕け、洞窟の入口のような大穴が出来上がっていた。
辺りには土埃が立ち込もって、先ほどの沈黙が嘘のように、けたたましく警報が夜の闇夜に鳴り響いた。
この都市国家では日常茶飯事の騒動の始まりである。
「さすが兄貴の能力・・・相変わらず凄まじいですね……」
「のんびりしてないで早くしろ!!”奴ら”が来るぞ!!」
「りょ、了解しやした!!兄貴!!!」
二人は“奴ら”と呼ぶ何者かを恐れているのか、馴れた手付きで手早く宝石を袋に詰め込むとあらかじめ用意していた車に乗り込み、猛スピードで夜の道へと走り出した。
車は夜の繁華街を猛スピードで突っ切ってゆく。その速さは歩道を歩いている人々も驚く程のスピードだ。
「いやぁーしかし、こんなに大金やら宝石があると一生遊んで暮らせそうですね?」
後ろの席に乗っている小柄な男は盗んだ宝石や大金が入った袋を覗きこむとそれらの使い道を考えて笑う。
特に宝石を盗品専用の質屋に換金すれば、とてつもない額となるだろうと踏んでいたが、この質と量なら自分達が考えていた以上の額になると喜びで頭の中がいっぱいになっていた。
「バカヤロー!!そんなこと行ってる暇があったら周りに気を配れ!“奴ら“がいつ来てもおかしくないんだからな!!」
「す、すいやせん。兄貴……」
そんな調子に乗っていた子分を叱責する兄貴。
二人はその“奴ら”を恐れ気を張り詰める。
なぜならもし、その“奴ら”が現れた時……それは自分たちの死を意味していたからだ。
その“死”は二人が思っていたよりも早くに現れることとなる。
「あ、兄貴!!目の前にな、なんかいやす!!」
「なに!??」
「そこまでだ!!悪党ども!!」
二人が乗る車のライトがテラスその先の道路のど真ん中に一人の男がポーズを決めて立っていた。
その男は表は白く、裏地は青いマントを風も出てないのにはためかせ、純白の羽のような美しい装飾の入った絵物語に出てきそうな西洋風の鎧を着ていた。
そう、彼こそが二人が恐れている存在であり、人々の希望の象徴であり、悪にとっての絶望の象徴である”ヒーロー”である。
「なんだ!?あいつは!?」
「私の名前か?知りたければ教えてやろう…私の名前はどんな悪も許さない!!正義のヒーロー…ジャスティス!!そのままだ!!魂に刻め!!このジャスティスがいるかぎりお前達あk」
「轢いちまえ!!!」
「えっ!?ちょっ……」
ヒーローの十八番の“自己紹介”していたその正義の象徴を彼は構わず、車のアクセルを踏み込み、そのまま猛スピードでジャスティスと名乗ったヒーローを轢き飛ばしたのだ。
ジャスティスはきりもみ回転しながら後方へ吹き飛んでいく。
「…兄貴?あいつまだなんか言ってましたよ?」
「知ったことか!!そんなことより早く逃げねぇと…邪魔だ邪魔だ!!どけぇ!!!」
「おわっ!?なんだ?」
「キャー!!」
「なんかの撮影か?」
子分は後ろの座席から後方を見るが、猛スピードで車を走らせているのですでにその姿は見えるはずがない。
一方、兄貴は逃げることにいっぱいいっぱいなのか、そんなことも気にせず、普段、車が入らないような細道を猛スピードで走らせる。
前方にいる歩行者を退かすためにけたたましく車のクラクションを鳴き鳴らしながら夜の道を進む。
「……なんとかあいつを撒いたようだな?」
しばらく、車を走らせた二人は、エルジュ宝石店からかなり離れた所まで来ていた。
辺りには本当に人通りがゴーストタウンなのかと思うほど少なく、薄く照らされた街灯と灯りがない店がしか見当たらない。
あの”ヒーロー”を完全に撒くことに事に成功したようだ。
彼らは“死”から逃げ延びることに成功したのだ。
「やりましたね!!兄貴!!」
「ああ、ここまでくればもうあ_」
二人が安心した次の瞬間、車がガくんと大きく揺れる。
……それはまるで何かが車の屋根の上に載ったような揺れだった。
「「ま、まさか……」」
兄貴と子分が嫌な予感がして恐る恐る車の天井部分を見上げた、その時、車の屋根が紙を千切るように簡単にバリバリっと引き剥がされた。
「君たちひどいじゃないか!!説明の途中で轢くなんて!!悪の組織でもちゃんと待ってくれるぞ!?」
そこには猛スピードで走る車のボンネットの上に仁王立ちして、引き剥いだ車の天井を片手で持ったジャスティスの姿があった。
“死”から逃れることは出来ない。
「ひ、ひぃ……」
「ありえねえ……」
「私みたいなヒーローはあの程度では死なんよ。ハッハッハッ!!」
猛スピードで走る車に轢かれる事自体、大怪我のはずなのだが、轢かれた後、その車を走って追いかけ毛できたのだ。
すでに人間で出来る域を越えている。
「なっ!?」
「ば、ばば、化け物!!!」
「ひ、怯むな!!撃て!!!」
二人は警備隊が来たときの為にに用意していた銃をジャスティスに向かって構え、銃を連射する。
「ハッハッハッハ!!私に銃は効かんよ!!」
ジャスティスは笑いながら避けることもせず、仁王立ちで銃撃を受ける。だが、銃弾はジャスティスにはものともせず鎧に弾かれ、四方八方に跳弾していく。その姿は恐怖でしかない。
「ひぃぃぃ!!鉄ぐらいは撃ち抜くほどの威力はあるのに!!」
「だったら……これはどうだ!!」
「なにっ!?」
兄貴は銃からハンマーに持ち替えるとハンマーでジャスティスに向かって空を切る。その瞬間、ハンマーから衝撃波が放たれた。
ジャスティスはいきなりのその衝撃波に驚いたが、すぐに何事ないように”避けた”
……そう、”避けた”のである。
鉄を撃ち抜くほどの銃撃を避けずにその身で受けたジャスティスがハンマーから放たれた衝撃波を避けた……それはもしかしたら、まだ希望はあるかもしれない、と二人が思うには十分なほどの価値があった。
確かに、ただの宝石店泥棒だと思っていた悪党が能力者だったことには驚いたジャスティスだが、実際には幾度となく能力者と戦ってきた彼にとって、どんな能力かわからない攻撃を生身で受けるという愚行に出るほど愚かではない。
避けるのは当たり前の行動である。
「おい!!こりゃいけるぞ!!」
「……その程度か。」
だが、能力を見る限り、たいした能力ではないと判断したジャスティスの中での危険度は下がる。次はない…
「な!!?な、ならもう一度…」
「二発目は打たせな_」
「あ、兄貴!!!前!!前をみてください!!」
二撃目を撃とうとした兄貴に子分が車の前方を指差した。
その先は行き止まりで袋小路になっていた。
「あぁん?っ!?行き止まりじゃねぇか!?おい逃げろ!!」
「えっ!?ちょ!?」
銀行強盗の二人は咄嗟に外に飛び出し車から脱出したが、ジャスティスは車に乗ったまま行き止まりの壁に激しく激突し、爆音を起てて爆発した。
今回の為に準備した車は黒煙を上げて炎上し、辺りに異臭が漂わせる。
車から飛び出した子分は道路の真ん中で頭から血を流して倒れていた。
「お、おい!!大丈夫か!?」
そこに同じく車から飛び出した兄貴が足を引きずりながら、近づいていく。
「うう、あ、兄貴?は、はい、なんとか……骨を何本かやってしまいましたが…兄貴は?」
彼らは猛スピードで走る車から無茶な脱出をしたためひどく重症だ。無能力の子分はまだしも能力者の兄貴も大怪我を負っていることから、彼の能力も身体能力を上げるなどそこまではないらしい。
すぐにでも病院へ行くべきだがそんな暇はない。
「俺も…似たようなもんだ。あいつは車に轢かれてもぴんぴんしてるようなやつだ!!まだ生きてるだろうな…宝石は持ってるか?」
「も、もちろんです!!」
子分はなんとか車の中から持ち出し大量の宝石が入った袋を銀行兄貴の前に掲げる。
「……あいつは俺が足止めする!!お前はその金を持って逃げろ!!」
「そ、そんな!!兄貴を置いていけませんよ!!」
「バカヤロー!!お前がその金がいる理由は大病を患っているお前のかわいい子供の治療費だろ」
「っ!?な、なぜそれを…」
「ふっ……何年お前と昔からつるんでると思ってるんだ?お前のことはよく知ってる…」
「兄貴…」
「いいから早く行け!!俺みたいなどうでもいい理由で金がいるやつよりお前みたいなやつがその金を持つべきだ!!」
「でも兄貴が…」
「ゴホッ!!ゴホッ!!あぁもうびっくりした…おい、ちゃんと前見て運転しろよ!!」
爆炎の中から咳き込みながらも、ジャスティスが出てくる。常人ならばあの爆発の中では無傷では済まないだろう。
だが、ジャスティスは無傷で出てきた。それは彼らヒーローが常人をすでに超えていることを表している。
「早く……早く行けぇぇぇ!!!」
兄貴はジャスティスには効かないとわかった銃を捨て、ハンマーを両手で構え、ジャスティスに向かって走り出す。
ハンマーを振り上げながら進むその姿は命を投げ出す覚悟をした男の姿をしていた。
「兄貴…すいません!!兄貴の思い、絶対に無駄にしません!!!」
子分は兄貴の意思を受け取り、果敢に戦う兄貴を背に宝石の入った宝石の重さよりさらに重くなった袋を、背負い走ってゆく。
「あっ!!待っ!!デカい!?」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
ジャスティスは逃げようとする子分を追おうとするが兄貴がそれを阻む。
ハンマーを身の丈以上の巨大化させ、兄貴はジャスティスをハンマーで押し潰そうと振り下ろすが、ジャスティスはジャンプして回避した。
いくら猛スピードの車の車に跳ね飛ばされても無傷だったジャスティスでも能力で強化された一撃を喰らえば無傷ではないだろう。
「この先は行かせねぇ!!」
「これだから能力者相手は…」
兄貴は子分を追わせないために…ジャスティスは追うためにお互いに睨み合う…
「ハァ…ハァ…(アニキの思いわすれません!!待ってろよ?ラン_)ぐふぅ!!」
子分が怪我を庇いながら走っていたが、突如胸部に激痛が走った。
「あ、あれ?」
恐る恐る胸部を見ると深淵を覗いているかと勘違いする程の漆黒の刃が胸から飛び出ていた。
その刃は街頭の影から突き出されており、先端には何か臓器のようなものが刺さっている…それが自身の心臓だと気付いた頃には既に彼は事切れていた。
「悪いがこれはいただくぞ?」
彼を殺した本人は身を隠していた影から出てくると冷たくなった子分の手から宝石が入った袋を奪い、彼を冷たく見下ろす。
その姿はジャスティスとは真逆で赤いマントをはためかせ、無機質な西洋風の禍々しい漆黒の鎧を着た男……いや、女が薄暗い街の街灯を背に立っていた。
「あ、あいつは!!」
「なんだ?…っ!?どういうことだ?これ…」
驚いたジャスティスに釣られて振り向いた兄貴はその惨状に気付き、呆然とする。
「ご苦労だったな…悪いがこの宝石は我々『魔王』が資金として使わしてもらおう!!」
「悪の組織『魔王』の七大幹部の一人…サタン!!」
「毎度、ご紹介、どうもありがとう?ジャスティス。ここであったが百年目!!…と言いたいところだが、今回は時間を無いのでな。悪いが退かせてもらう」
サタンと呼ばれた女はジャスティスと何回も会っているのか軽い感じに話しているがその声は鋭く冷たいものがある。
「なっ!?待て!!今日こそは決着を…」
「貴様ぁ…よくもよくもぉぉぉぉ!!!」
兄貴は子分を殺された怒りで逆上し、サタンを睨みながら走りだした。巨大化させたままのハンマーでサタンを踏みつぶそうと怒りに任せて振り下ろす。だが、サタンは避けない。
その一撃をサタンはなんと片手で受け止めたのである。
「なっ!?」
サタンの足元のレンガ積みの道路がクレーターのようなひび割れができていることから、兄貴が放ったハンマーの一撃が相当なものだったことがわかる。
だが、サタンはその一撃を片手で軽々と受け止めたのである。
「仲間を殺された怒りの一撃……なかなかのものだ。だからこそ私はこの『憤怒』という単純で純粋な感情が大好きだ…だが、フン!!」
サタンはハンマーを受け止めた腕に力を込めた瞬間、ハンマー粉々に爆砕した。
「お、俺のハンマーがぁ!!?ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
自分が愛用していたハンマーが一瞬で砕かれたことに呆然としたのも束の間、兄貴の頭をサタンが掴み、力を入れる。それはアイアンクローと呼ばれるものだった。
「その程度ではつい先ほど人殺しという“悪行”を犯した私を殺せないぞ?燃え散れ……」
その瞬間、兄貴の頭を持っていたサタンの手が漆黒の炎に包まれ、兄貴を襲う。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
兄貴の頭に燃え移った漆黒の炎は一瞬で全身に燃え広がり焼き尽くす。サタンが頭を掴んでいた手を離すと体を焼かれる苦痛の悲鳴をあげながら、必死に炎を消そうと地面を転がるがその炎は消えることはなく、さらに勢いが増していった。
「消えねぇぇぇぇぇぇ!!!消えねぇんだよぉぉぉぉ!!!」
「フフ……冥土の土産に教えてやろう。その炎は全てを焼き尽くし、跡形も無くなるまで消えることのない魔王様の崇高なる漆黒の炎…じっくりと味合い、感謝しながら逝くがいい……」
「ジャスティィィス…キッークッ!!!」
サタンが燃え散ってゆく兄貴の姿を自らの能力に酔いしれながら眺めていると、その隙を衝いてジャスティスは空高くジャンプし、目も止まらぬ速さで飛び蹴りを放った。
だが、その攻撃を見抜いていたのか、瞬時にサタンの背中から悪魔のようなな黒い羽が生え、空中に回避した。
その瞬間、膨大な轟音が鳴り響き、あたりは土煙に包まれた。
土煙が晴れるとさっきまでサタンがいた道路は瓦礫の山と化しており、巨大なクレーターが出来ていた。
その真ん中には片足が地面に刺さっているジャスティスの姿があった。
「避けるな!!」
「おいおい、避けるなって話の方が無理な話じゃないか?君と遊びたいのは山々なんだが、もう目的は完了したのでな?悪いが今回は引かせてもらおう。」
「なっ!?待て!!…ぬ、抜けん!!?」
ジャスティスは間抜けにも地面に刺さった足を抜こうとしたが抜くことができなかった。
「くくく…やっぱり君は間抜けだな。」
「間抜け言うな!!」
サタンは馬鹿にしたように笑い、ジャスティスは突っかかる。
それはまるでいつものことのように会話するふたりは何度も戦い殺し合っている仲であることがわかる。
「そういえば、彼は助けなくてもいいのか?君の能力だったら、まだ助けることはできるだろ?」
「ぁぁぁ…ぁぁぁ……」
炎に包まれていた兄貴はすでに動かなくなり、弱々しい絶叫だけが響いていた。
「何を言っている?俺たちが悪を助けることはない。」
その目には躊躇いすらなく、言い放つその姿に恐怖も覚える。
「私も外道なのは自覚しているが正義も外道だな?ではまたな。そこで片足を突っ込んで呆けているがいい…あっはっはっはっはっは!!!」
「ま、待て!!くっ!!抜けん!!」
ジャスティスは必死に足を抜こうするが抜くことができず、サタンは高笑いしながら羽を使って高速で飛んでいく。
やっと足が抜けた頃にはもうすでにサタンの姿は見えなくなっていた。
「くそっ!!また逃がした……」
ジャスティスはサタンが飛んでいった方向をずっと見つめる。彼の脳裏にはすでにサタンを逃したことしか考えていなく、先程まで追いかけていた二人の存在はなかった。
すでに兄貴だったものは無常にも燃え尽きて炭になり、帝都の摩天楼の夜の闇へと消えていく。
この物語は悪の組織と正義のヒーロー達との闘いの物語を描いた物語である。