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第一章 三目人形 07 奪還

「ちょっ……! やめて、やめなさい! いやッ! んん~ッ!」


 救いようのない悪人をブッ殺してカタルシスを得たいと考える人間も救いようのない悪人。――という新時代の風が、現実世界のいたるところに吹き荒れている所為だろうか。


「ほら、男ひとりに捕まっただけでどうにもならん。女の腕力なんて所詮こんなもんだ……。現実は漫画のようにはいかんよ、なあ……?」


 万能杉ばんのうすぎの顔は、どんな手を使って打ちのめしても、爽快感など到底得られそうにない哀愁に満ちていた。


「『私はこの子が産まれた頃から身の回りのお世話をさせて頂いて来たんだッ!』……ケッ、筋金入りのロリコンってことかよ。一体全体、生まれて初めて見た綺麗な何に惚れたんですかねえ? 『これは愛だ!』。アホか。性欲だろ。なに興奮してんだ、ロリコン。ブッ殺すぞ」


 多分そこまで間違ってはいない憶測で、白亜木はくあきてぃらがズケズケ言う。

 おれの背中から。


「……人生経験がどうとか、年寄染みた台詞を言うつもりはないが。君たちはまだこのUSB時代の恐ろしさを知らんのだ」


「だからって本人の意見を無視してまで、手前ェが引き取ることァないと思うがね」


「いいやそれは絶対に違う! むしろこうなった以上、これ以外に打つ手はない! ……それに、家を追い出された十五歳の少女が、本人の自由で、今からどこへ行けば幸せになられるというんだ? チンピラに捕まってネットでさらし者にされ、若さを搾り取られて捨てられるだけだ。そんな未来は絶対に阻止する! 私の全てをかけてでも!」


「待ってください!」


 車へ駆け寄った万能杉を呼び止めたのは、他の誰でもない細流せせらきだった。


「そ、それなら別に、私の家で一緒に暮らすことだってできます……! それに、家を追い出されたなんて考えることも早計だと思います、ちょっと家出することなんて誰にでもありますし、時間を置けばお互いの頭が冷めることも……」


「帰る家はもうゴミになったよ!」


「カルカちゃん! そんなやつぶっ飛ばしてよ! うちに来なくてもいいから!」


 しかし成人男性の掌で押さえつけられた女子高生の口から、何か明確な言葉が出てくることはなかった。奴がまた、漫画のようにはいかんよと呟く。その瞳は、料理に使われた肉を食べ残す自分は正義側の人間だと考えながら、産めなくなった豚を処分する人間は悪だと見做して非難する救いようのない悪人を見るような、黒い蔑みと白い同情でボロボロに痛んでいた。


「うぅ……っ! やだぁっ……! なんで――! ぅわぁん!」


 ここで奴からあいつを奪い返したところで、埋火うずみびカルカがその身に受けた、またはこれから受ける不幸が変わることはなく、おれたちが自己満足するだけだ――。

 しかしながら、車へ連れ込むのを黙って見届け、家屋が道を塞いでくれたお陰で、折角の袋小路ができあがっているのにもかかわらず、逃亡するのを黙って見過ごすことなど、おれたちには到底できなかった。


 白亜木はくあきがおれの肩を蹴る。細流せせらき埋火うずみび、おれが長い脚目掛けてダイヴ。ドラゴンキックが顔に命中。いかにも強そうな天真爛漫川(てんしらまんかわ)が本気を出すことも、どうせ誰も殺せない拳銃がスーツの内ポケットから登場することもなく、囚われのヒロイン奪還作戦は、あっけなく成功した。


 現実世界の女子高生がどれだけ力を込めても成人男性には敵わないように、現実世界の成人男性もまた、たった三名のクソガキにすら、束になられては歯が立たないものだから。


「わはぁあああん! よがっだぁぁああ! ずびっ、うぁあああん!」


 細流せせらきが先程の万能杉よりも激しく埋火に襲いかかる。埋火うずみびが何とも名状しがたい顔で、彼女の抱擁を受け入れる。

 流石に舌までは受け入れなかったが。


「みんな……っ! 正直、あんまり、深い付き合いじゃないけど……?」


「うん。そうなんだが。まあ、成り行きというか」


「なんか……ごめんね?」


「そんなことないわ! 全然そんなことないっ! ああそうだ、今すぐうちに連絡しなきゃ!」


「お前の家も大概だと思うけどね」車の上からガニ股で、至極ダルそうに白亜木が言う。


「じゃああんたの家はどうなのよ!?」


「あー、無理、無理。遊びに来るとかならまだしも、居候とかそんなドエロシチュ、男どもが一晩も我慢できねぇ」


「ああっ! そういえば氷麻が熱出して寝込んでるんだったわ! 赤い髪の誰かの所為で!」


「犬坂君♪ 降りるからちょっと来て♪」


 御主人さまに言いつけられたので、やれやれなんてとんでもない、喜んで駆けつける!


「やだー、どこ見てんのー、えっちー、って、こら、マジでやめろ!」


 もっとよく見ようとしただけなのに、スカートをめくったらぶん殴られた。

 真紅のレース。超大人。


「あの……、寒いん、だけど……?」


「ああ、ごめん……」


 我に返ってスカートから手を放す。そういやこいつ、寒がりだったな。

 男の脚を抱きしめた不快感を中和するために仕方なく、背中ではなく胸で受け止める。

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