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第一章 三目人形 05 深海のシャークグレー

 吐く息も凍る闇の中、コートだのオーバーだので重武装した一団が、各自各種中華まんを慌てて口に詰め込む。あちい! 寒い! でもうま~い。


「あら? あれ、カルカじゃない?」


 ゴミを捨て、自転車にまたがり、じゃあ明日なと言おうとしたところで、細流が道路の向こう側を指差した。三人してそちらを見ると、ひとりの女性が丁度バー的な店の前を歩いていた。成程、あの後ろ姿は埋火うずみび――のようにも見えるし、見ず知らずの他人にも見える。グレー髪って心底微妙。しかも夜だし。厚着してるし。余計判らん。


「間違いないわ! あのライトでもダークでもない”シャークグレー”のギザギザミディアム! 絶対にカルカよ!」


「シャークグレーって言うんだ、あれ」


 なんか響きがかっこいい。絶対に流行らないだろうけど、今後こっそり何度も使おう。


「何やってるのかしら、こんな時間に、あんなところで……!」と細流せせらきが歯噛みする。


「あっ! なんか車来た!」と白亜木。


 いかにもそれっぽいワゴン車ではなく、ごく普通の軽である。逆に怪しい。運転席から髭の中年男性が出てきた。前髪で隠されているので、女の右顔は見えない。二言三言会話して、彼女が拒絶の動きをしたその直後、目の前を四トントラックが走り抜け――、

 誰もいなくなった。

 おれは三人の顔を見て、


「!」


 百七十五センチ以上もありながら、頑なに最後まで普通だと自称し通すハーレムラノベの主人公の気持ちを、今やっと本当の意味で理解した。


「事件よ、事件! きっと今からカルカちゃん、親の借金を支払わされるんだわ!」


「え~? 彼氏じゃない? 『お前は俺のことが好きなんだよ……!』。いや~ん、強引♪」


「殺す……」


「追いかけよう! ヘイ、タクシー!」


「ヘイ、タクシィー! あははは! うわ、ほんとに止まった! やべーw」


「殺すッ!」


「はいらいあちゃんは上座ー、運転席の後ろー。私は助手席ー、がいいー。有限ちゃんは別に下っ端席でいいよね?」


「えー、なんでこいつが真ん中なの? 近いんだけど」


「はい恥ずかしがらなーい」


 ドアが閉まって三秒後、流れるような美しい声で、細流らいあが住所を告げた。


「んぅ……、ちょっとぉ、こぉら、なに触――って、ほんとに触んな! こっ、やぁめ、」


「今はちょっと静かに」


「ううー……、私、静かにするの苦手ー」


「知ってる」


 おれは再三腕美を掴んだ。彼女は壊れた機械のように、暫くガコガコ上下に震え、突然に、数秒黙ってから騒いでやろうと閃いた。おれはすかさずその隙をついて、話を本筋へ戻した。何よりこいつの熱暴走を阻止するために。


埋火うずみびって、なんつーかこう、見た目が怖いだけなんだよな。教室と部室を混同しないし、弱い者いじめもしない。先輩には容赦ないけど。だから半分世渡り下手っていうか。まあ完璧に世渡り上手な人なんかいないんだけど」


「なに貴方、あの子のことを知ってる風な口をきくのね」


「小学校のころ、住んでた地区が同じだったからな」


「あら羨ましい。ガチ幼馴染ってわけね、むかつくわ。もっとその記憶寄越しなさいよ」


「んー、記憶っつってもなあ……」


「無駄よ、無駄。犬坂君は鳥頭だから、情報はさっきので出尽くしました。そして今は私たちの裸を妄想中。逃げられないよう下から脱がすなんて鬼畜だわ?」


「な、何故わかった……!?」


「あなたねえ、一体どうしてこんな状況で、そんなふしだらな思考ができるのよ!」


 次の台詞はおれのじゃない。


「お前がそんな雌々メスメスしい香気をぷんぷん撒き散らしてるからだろ」


「め、雌々しい香気ですって……!?」


「あーやだ、やらしい。やめてよね? どうせ今だって格好つけて乗り込んだのはいいものの、隣のあんまり喋ったことない男子とどんな話すればいいの私っ、とか自問自答して頭テンパってたんだろ? ふしだらな妄想しながらね? 頭では解ってるけど頭が勝手に! ワタクシ、寂しがり屋の兎ちゃんなのぉ♪ 誰でもいいわ、いやーっ!? 助けてぇっ!」


「ひとっ風呂浴びてのんびりしてたらおつかい頼まれたんだよな!?」


 今度は咄嗟に憤怒の右手首を掴まえる! そしてまた逸れた軌道を修正! いいや何度でも試みるさ! これがじんせ……、こいつの胸も結構でけーな。


細流せせらき! お前こそ一体、埋火うずみびカルカのどこに惚れたんだ!? 言ってみよ」


「えっ、惚れ!? ほっ、惚れてなんかいないけれどだってそういう思春期の男子の妄想丸出しみたいな展開は現実にはありふれていなくってそう女子が妄想した男子同士のカップリングを男子が気持ち悪いと思うのと同様に女子にとっては両想いの女の子同士なんて気持ち悪いだけでいやまだ両想いじゃないんだけどでも馴初めは類ないわ! カルカは私の白馬の王女よ! ぬふ♪」


「カーッ、聴いてられっか。男女見境なくサカるような女の話なんざ」


 白亜木が左手の小指を、自分の鼻の穴にぶち込む。やめなさい。解き放たれた右腕が、即座におれの急所を狙う! しかしそこにはもう、獅子をいなし終えた右手!


「くっ、おぬし……、なかなかやりおるな……?」


「ふん、防御力を鍛えておかなきゃ今の男子は務まらんよ。……いや、聴きたい! すげー聴きたいから! こいつは押さえておくから語ってくれ! 責任はおれが取る!」


「責任はふぐむんwww ……はむ。ちゅ、れろ……?」


「汚ねえからやめろ、ばか!」


 本当に犬か、お前はよ!

 あとおれのブルゾンに鼻クソつけんな、もぉ!


「あれは中学一年の春だったわ!」


 細流は拳を握りしめながら語り始めた。


「軽い気持ちで入部したバスケットボール部で、私は人生最大の絶望を覚えていた……。頑張り次第で知識が増えるわけでも、練習時間に応じたお給金を貰えるわけでも、優勝したらその後の安泰が約束されるわけでもないのに、どうしてこんな夜遅くまでびしびし体をしごき続けるの!? 嘘でしょ今から帰っても八時だわ! 明日も早いし予習も復習も学校の宿題も塾の宿題もやんなきゃいけないのに全然そんな余裕ない! 朝から十四時間以上連続で動きっぱなしだし、手は震えるし涙は零れるし、こんなブラック生活続けてたら細流らいあガチで死ぬ! もう嫌! わけわかんない! こんなはずじゃなかった! マジで辞めたい! ……と」


「あー、いるよな。いるいる。うんうん。眼鏡のくせにヘラヘラやってくる眼鏡がよ。辞めるなら最初から入ってくんなっつーんだ眼鏡は。部活ってのァそもそもな、元気っつーか体力ががあり余っててじっとしてられない奴が、ガス抜き目的でやるもんなんだ。気まぐれでその辺の生徒をぶん殴ったらいけませんっつーから仕方なくな。手前みてえな金持ちのお嬢様が? モテたいとかいった不純極まる動機で入ってくるところじゃねぇーんだよ貧乳。そして授業は基本寝ながら聴くもんで? 塾なんか行かなくても学年一位は取れるもんで? 宿題は誰かがやったのを丸写しするもんだ。せんせー私はちゃんと自分でやってまーす! ギャハハ!」


「――私は憤りを感じた。それならどうしてあんなにも笑顔で部員勧誘をしていたのか、と」


 そうだ、細流せせらき、お前はスルースキルを身につけろ。

 こいつの煽りを史上最高の練習問題に変えるんだ。


「馬鹿かお前、部が潰れたらツレとつるんで遊ぶとこがなくなるからに決まってんだろ」


「私は悟った。彼らはナチュラル・ボーン・ドMなのだと。SとMが仲良く一緒に同じ作業をすることは、理論上絶対に不可能なのだと!」


 いいぞ! 細流せせらき! その調子だ! おれはチョコレート&ヴァニラのフレグランスをたっぷりと肺に吸い込みながら、心の中でエールを送った。気付け、気付け、あと少しだ!


「なんだそりゃ? 全然違うわ。ただ単にお前らの頭と要領が悪いだけだろ、理論上www」


「まあつまりね? 泣きながら土下座して辞めたあと、ハブられて隅っこでぼっちする毎日を送りながら、尼で練炭ポチッてた矢先、レギュラー入りした埋火カルカもバスケ部辞めたって噂が聞こえてきてね? それ以来、根性なしって理由でガン無視されることはなくなったの」


「ふーん……、でもあいつは別に、お前のために辞めたわけじゃねえんだろ?」


「でねー、そのあと約三年間をみっちり研究に費やして、何度も何度も練習を重ねて、万全に準備を整えて、やっと今日話しかけられたの♪ いやぁん♪ ほら見てこれあの子の髪の毛。あのときこっそり抜いちゃった♪ はぁぁっ、いい香り♪ え? なに? あげないわよ?」


「ア……!? アホかお前! アホかお前ッ! 目茶苦茶怖ぇーわ! 目茶苦茶怖いッ! 兄妹そろって超弩級のストーカーじゃねぇーか! 一体どんな教育を受けたら、お前らみたいなバケモンが、たかだか十余年で誕生するんだよ!? 絶対にお前らの方がブラックだ!」


「?」


 そうなんだ! 白亜木は自然と突っ込みを引き寄せる唯我独尊系ボケじゃない! ボケ待ちのボケたがりなツッコミなんだ! そしてお前には実はボケ役の方が適している……! う、う~ん♪ ペルフェ~クトゥ!


 そうこうしているうちに、タクシーが目的地へ到着。

 随分と街のはずれに来たな。


「運転手さん、すみませんが少し待っていてもらえますか。十分ほどで戻ってきますから」


 おれたちはもう一度極寒の深海へ歩み出た。ちょうど目の前にあった看板を見上げる。そこには『埋火ダチョウファームへようこそ』と大きく書かれていた。


「……あいつの家、ダチョウ飼ってんのか」


「そ、世界中に何千万人もいる、世界一の大金持ちその一よ」


「ダチョウってそんな儲かんの」


「まあそりゃ、オボ・ラクト・ベジタリアンからも支持を得られるからね?」


「成程な」


 さっぱりわからん。


「殺さなくても卵という名のお肉が獲れるってことだよ」天真爛漫川てんしらまんかわが言う。「砂漠でも雪国でも関係なく通年屋外飼育できる上に、頼まなくても自主的に、一ヶ月以上も飲まず食わずで生きられるなんて、ほとんど鉱物っていうかただの賢者の石で、水と干し草を原料に世界一巨大な卵を一日一個のペースで生産できるなんて、何の変哲もない錬金術だからね。儲かるのは必然。私も将来やるならマンションの管理人じゃなくって、こっちをやろうかなーって思ってるの。雌雄共に声帯がないから苦情も来ないし。羽毛も売れるから一石いっぱい鳥♪」


「ふーん」


「絶対解ってないっていうか、途中から聴いてなかったでしょ、あんた」


 鋭い指摘。

 おれは寄越されたデフォルトでも射るような炯眼けいがんに、適当な微笑を返した。

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