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第一章 目的捜し夢探し 02 甘噛み

 部屋に戻ったらいなくなっていると思っていたのだがそんなことはなかった。

 と言おうと内心ほくそ笑んでいたら、ほんとにいなくなっていた。


「……ここかっ!」


 ここぞとばかりに襲いかかった布団の中身は当然フェイク。クローゼットから視線を感じて振り向き、恐る恐る開ける。……いない。うん。わかってた。あるある。気まぐれってやつだよね。あー、でも泣いちゃ、悪寒が走って扉を見やると、その隙間から右目がデジャヴ。


「次は来月とかになると思うけど……。今日だけ都合よく甘えて、ごめんなさい」


 パジャマに着替えて格段と露出は減ったはずなのに、一段と艶麗に見えるのは何故だろう。

 銀の妖狐に化かされ中、みたいな感覚。


「ぜ、全然いいよ、お前が好きなときに来ればいいんだ……!」


「ああー、おななめさまぁー、んむぅ」


 ついにべったり来た! ふざけてうひひと笑う瞑鑼。目が合う。そしてにへっ。


(これは間違いなく恋人だけに向ける顔!)


 うん。そうだ。俺は上京しても人恋しくてすぐに騙されちゃうタイプだ。俺は来てと言われたらすぐに行くし、買ってと言われたら無理して買っちゃう、全てが解った後でも一生騙され続ける、アンチペテン師系駄目々々間抜けマンなのである。


「というか、おななめさまって、語感むず痒すぎくない?」


「ほなってお兄様ってゆうたらパクリになるやろ?」


 お兄様ぐらい別にいいんじゃ……? いやお兄様って呼ばれたい願望があるわけじゃないんだけど。ごちゃごちゃと考えながら髪を触る。うお。この手触り。実にたまらん。胸とかお尻より断然髪だろ。という意見には、誰かひとりくらいは激しく同意してくれていると思う。


 いつもは夜道で出くわした猫がとるようなリアクションなのに、ほんと今日は嫌がらない。だから遠慮なく触る。するする。思い切ってぎゅってする。いいにおい。――やはり怒らない。個性が永久不変ってわけでもないのに、常に変わり続けるわけでもなく、なんとも定義し辛いのだが……月に一、二回うさぎ系の猫系女子とでも言うのか。わからんけど。なんかこういう生き物は、いないよなあ……。

 まあとにかく、明日からはほぼ別人だってことだから。


「……もうねよ?」


「じゃあやるか。何枚もないだろ」


「うごぉーっ!」


 このあと作文を仕上げるまでに二時間強かかった。自分ならもっと早くできたかもしれないけれど、持っていくのを忘れたりしそうだなあと俺は思った。瞑鑼の部屋までついていって、忘れ物はないか確認して、え? ほんとにお前俺の部屋で寝るの?


「ほなってなんか今日寝れんもん。なんかお話する」


 お話……。嬉しいんだけど、今度はふたり揃って寝坊しそうだな。今日は部活もしたから正直眠いし。ああこれが噂に聞く『ごめん今日は疲れてるんだ』ってやつか。どうする? 俺。


「今から横になったらいけると思う。大丈夫。ちょっとだけやけん」


「あー、まあ、俺はな。じゃあお前は? それでも眠れんかったら何すんの?」


「お兄ぃを観察。じぃっ」


「お前、人間は苦手でも、人間研究は得意だもんなあ」


「うん」


 落ちてもいいように床にも布団を敷いて、どうぞ。落ちないように壁側を譲る。瞑鑼はイヤーマフを外し、眼帯は外さずに横になった。時刻を確認。二十二時五十分。まあこれなら、一時間お話しても起きられる……か、どうなんだ? そんなにしないか。


「お兄ぃって、好きな人いるの?」


 真っ暗な天井をぼんやり眺めていると、愛する妹が唐突にそんなことを訊いてきた。阿波乙女の仮面を脱ぎ、共通弁で他人行儀に。修学旅行の夜かよ、と思ったものの、素直にいるよと答える俺。それがどうかした?


「だって人は人を好きじゃないと生きちゃいけないから……」


「お前……」もう何を考えているのか判った。「どうやっても人間を好きになれないからって、自分は死んだ方がいい、とか考えてないか?」


「……うん」


 なんというか。こいつは、もう、本当に。


「それだけじゃない」


「?」


「いくら『人は人を好きじゃないと生きちゃいけない』が正しくても、世の中にはもっと沢山ルールがあるんだ。正しいにも程がある『人はこうしなくちゃいけない』ってルールの全部が守れなかったら、死んだ方がいいと思ってもいい」


「ほおー。わりとまじで感心。かっこいい」


 瞑鑼はそう言って、俺のおなかをちょんと触ってきた。俺もなんとなくその手を触り返す。冷たい。


「お前に限らず俺たちは、道徳的にはともかく、社会的には罪を犯していない。自殺してもいないし、人を殺してもいない。だから生きていいんだ」


「ふーん……。じゃあ、もうちょっとだけ生きようかな?」


「うん。そうしな」


 そう言うと瞑鑼は、布団の中でもぞもぞ動いて、くりんとこちらへ体を向けた。


「お兄ぃ、ぎゅーってしてとんとんして?」


「そしたら寝れんのか?」


「んー、わからんけど。ほなってうち夜行性の生き物やし……。んひひ……!」


 いや、違う。そうじゃない。

 今俺にひっついてきてるから、『瞑鑼は実は人間が好き』って結論に繋げたい気持ちはよくわかるけれど、これは『結局人が好きなんじゃん』とは決して言っちゃいけない話だ。


 人間が大好きで動物は大嫌いな人でも、もし人がひとりもいない代わりに犬が沢山いる空間に放り込まれたら、魔がさして、その中で一番人間っぽい子を探しちゃうかもしれないだろ? その直後ならまだしも、十余年もそんな状況が続けば、人っぽい犬コロを抱っこして眠ることがあるかもしれない。そしてそこで『貴方は実は犬が好き』『結局犬が好きなんじゃん』と、周りの犬共にニヤニヤニタニタ言われたら、十中八九遺憾に思うはずだ。『人よりも』という意味を付与しないで。と。殺意を覚えながら。


 人間(犬)のフォルムに拒絶反応があり、人間(犬)と長時間同じ時を過ごすと心身ともに疲弊する人間(犬)がいるなんて、にわかには信じられないかもしれないけれど、人間(犬)というのは本当に沢山いて、それぞれがそれぞれ、いろんな外見・個性を持っている。瞑鑼から見た人間(犬)もいろいろいるし、俺から見た、こいつを含めた人間(犬)もいろいろいる。


 どんなに動物が嫌いな人でも、チベタン・マスティフよりはティーカップ・プードルを触る方がまだましだと思うように。牙を剥いて毛を逆立てる野良猫よりは、抱っこしても無表情でぐんにゃりするだけの、猫カフェの猫の方がまだ可愛げがあると思えるように。自称人間嫌いの代表者、七七七瀬瞑鑼にも、例外的に耐えられる人間というものはいるのである。

 俺に言わせれば、結構沢山。


 たとえば動植物にも詳しい同級生とか、精神年齢が小学生以下な俺とか。お猿が大好きな親父とか、自分で産んだ母さんとか。寧鑼は……、まあ、特に不仲というわけでもないけれど、中二と高二の姉と妹が、他人の目のない家庭内でべたべたしているのもおかしかろう。

 嫌いな人もいるけれど、結局私は人が好き――ではなく。好きな人はいないけれど、嫌いじゃない人もよく探せばいるということでもいいよ別に。こういうことなんだ。


 つまりこいつは今、俺(人)の中に、自分よりも下位存在の『犬(外敵から自分を守るための、いくらでも代わりが効く使い捨ての防御壁)』を求めているのである。犬の中に、自分と完全に対等な間柄の『人(自分の意見を一切否定せずに、心の底から共感してくれる、笑顔あふれる理想の親友)』を求めたがる普通人とは正反対に。


 こうなってくるともう本当に、人とは何なのか犬とは何なのか、人好きとは何なのか犬好きとは何なのかがよくわからなくなってくるのだけれど。

 まあ、どんな行為によって癒されるかは、犬それぞれだということだ。


 不意に暑いと言って俺から離れた。男らしく放っておこうと思っていたのに、女々しく腕が伸びてしまった。一体何が男で何が女なのか……瞑鑼は俺の右手を捕まえて甘噛みし、

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