第四章 単なる技術の問題だ 10 電化
甘い。
と思った。
その腰に差した変な刀は飾りかよ。
通い慣れた学校が、天高く舞い上がる。
幸せのパーティが、ぐるぐると地の底へ落ちてゆく。
人間だって平気で殺す。――俺の口癖はこうだっけ?
人間だって兵器で殺す。――それともこうだったっけ?
どうでもいいか、そんなこと。
今はそれどころじゃないんだ。
娘を泣かせた三夫婦まだむが、今更ながら血相を変えて飛んでくる。
俺は先刻盗んだものを口の中から取り出して――、
右の目玉へブッ刺した。
四百四十四億ボルトもの、あくまで科学な電圧が、俺の肉体を破壊して兵器へと組み替える。腹の底から飛び出た叫喚が、すさまじい電化音でかき消される。左目に映る黄緑色の稲妻まで朱くなる。戻ってきた青い空に縦長の瞳孔が開いてゆく。俺は完成を待たずに目の前のそれをひったくった。相手がやっと刀を抜く。《曜木日》と《風雷神》が激突。間髪を容れずに額の角から雷を射出。被雷した巨大風車が一瞬で蒸発。グラウンドが割れ、暴風が吹き荒れる。
「――瞑鑼! お前、それは違うぞ!」
俺は今、人生で一番と言ってもいいほど怒り心頭に発していた。スポーティな女子の見目麗しい上腕三頭筋を馬鹿にされたわけでもないのに、怒髪天を衝く勢いで荒ぶっていた。高濃度酸素を吸引した場合の何億倍もの速度で頭が回転する。
「『生まれつき人間を好きだった人間が生きていい』んじゃない! 『人を喜ばせようと思考できる人のうち、実際にそれに成功した人が、より生きてほしいと思われがち』なだけだ! この人間社会ではな! 才能なんかどうでもいい! こんなもん、単なる技術の問題だ!」
「単なる技術の……問題……」
「たとえばあのカニクイは、クラスメイト全員から好かれてるのかよ!? ええっ!?」
「ううん。あからさまに嫌われてるよ? ママとおばあちゃんと同類以外のみんなから」
「ほらみろ! せっかくの恵まれた才能も、使い方を誤れば、宝の持ち腐れにしかならねえだろうが! 違うか!? 言っっってみろよ!」
額の角で金の刃を、握った刀で青の刃を受け止める。右目を覆った眼帯から、深紅のレーザービームが出た。また躱されて、自然数が未知数になり、巨大風車の首が飛ぶ。
「与えられても嬉しくなく、一方的に好きになっても心躍らず、自分だけが良い思いをしても気持ちよくないと感じられる神のような心を持ちながら、どうしてここで歩みを止める!? どうしてそこまで人を越えて、欲望と感情と罪悪から解脱して、最後の最後で悟らない!? 俺は何よりそれがムカつく! いい加減にしろよ、馬鹿野郎!」
「いい加減にするのはお前だ! 馬鹿!」
投擲された《風雷神》が鉄の口を大きく開け、俺の身体にかぶりついた。
「はあ……、はあ……、ふうっ、――いいからとにかくそいつを返せ」
俺は相手の憤激を無視して、唇に手を当て思案した。
「そうだな……、『行ってこい』と言われてしぶしぶ来たのなら、『行きました。でも失敗しました』って報告すればいい。これで万事解決だ。クビになることもなく、お給金ももらえる」
「そんな阿呆なこと、できるわけがなかろうが!」
「いいや、できるさ! 想いの力さえあれば、この世に達成不可能なことはないんだからな!」
全力で電気を込めると、辺り一面真っ赤になった。
曜木日を鞘へ仕舞い、
「完全体突っ込んでやんよ!」
肉へ食い込んだ鋼の顎をそのままに、
「これで終わりだ!!」
十指を三夫婦まだむへ向ける。
「《甘まやかしの緋電十閃》!!!」
フルーティグルミファンタジーより甘い、いちごミルクの奔流が、目前の全てを押し流す。何千もの朱いヒバァが粉塵の中を這いずり回り――、そして消えた。俺は深く息を吸い込んで――、押忍。校舎の屋上へと飛行した。