第四章 単なる技術の問題だ 09 教科書通りのハッピーエンド
その後はいたって普通に、教科書通りのハッピーエンドが俺たちのもとへやってきた。
なに、たいしたことじゃない。
動かなくなった”カミツキ”とその両腕が、ユウロピア空軍によって、極彩色町内にある無目敵ドームへ運ばれ、送れてやってきた三夫婦まだむに、アンデスコニカ=カリカモルファが捕まって、ことのついでに無抵抗の七七七瀬瞑鑼も捕らえられ、ユウロピア軍東京駐屯地へと連行されることになっただけだ。
「いやぁー、やっぱり駄目って言われちゃってね? 行ってこいの一点張り」
なに、たいしたことじゃない。
最悪ふたりが処分されて、永遠に心の中だけでしか会えなくなるだけだ。
「ドーム内じゃ威張り散らしてる僕も軍の中じゃ下っ端で――はい以外の返事ができるわけもなく――とりあえず来てみて――結果こうなったわけだけれど――」
今までだって散々、数えきれないほどの無目敵を、俺たちは殺してきたじゃないか。
俺たちは敵を殺してきた。
俺たちも。
「まあ、検査はすぐに終わると思うよ」
「いやいやいやいや。おかしいでしょ、オッサン。何『はい』なんて答えてんの?」
「あ? いやお前、『嫌です』なんて即答したら、お父さん失業しちゃうだろうが」
「じゃあなんで瞑ちゃんまで連れてくのよ!?」
ひどく個人的な理由で感情が微塵も動かないまま、目の前で安いドラマが進む。
金髪瑠璃眼の黒猫耳少年が、腕を組んで左目で見上げる。
「いいか、にりる。無目敵が人化する世の中だ。人が無目敵化してもなんら不思議ではない。そして基本的に、無目敵は、その――なんだ? 人と共生できないからこそ、無目敵なんだよ。あの子と一緒に時を過ごして、あるいは直に触れられて、気分がふさぎ込んだ覚えはなかったかい?」
「何言ってんの……? それになんでみんな黙ってんのよ!? 瞑ちゃん! 行っちゃ駄目! コニちゃん! 殺されちゃうよ!?」
しかしそんな言葉を受けても、コニカがわんわん泣き叫んでも、瞑鑼はむしろ普段よりも心持柔和な表情で、くりっと首をかしげるだけ。大好きなわんちゃんが目の前で轢き殺されても、涼しい顔でいられるように圧をかけて矯めたのは、他ならぬ俺たち多数派の『人間が一番好き』という嘘偽りない本音なのだ。今更悲しめと言う方が無理だろう。
その上、おそらくまた、自分だけは『どうせ死なない』未来が見えているから、余計に動揺の仕様がないのだ。俺を見て、呑気に手なんか振っちゃって、
「それでもやっぱり、生まれつき人間を好きじゃないと、生きちゃいけなかったってことよね?」
微笑。
ん?
「さようなら。生まれつき人間を好きだった人間さん」
「あ、ああ……、うん……」
「それでは人間を好きな人間だけでできた完璧な理想郷で、末永くお幸せに。いいえ違わない。それが貴方たちの望んだ未来よ」
いや、それは――
(いいえ違わない。それが貴方たちの望んだ未来よ)
おいおい。ちょっと待て。違う。これはただ、俺の頭が悪かっただけなんだ。咄嗟に動けなかったというか、最悪の事態が重なっちゃったというか。死んでもまた次がある? 殺されても別に痛くない? ゴーグルを外すだけで、お姉ちゃんの待つ暖かい部屋へ戻られる?
そうさ、嘘をつくなよ。自分の心に嘘をつくのだけはいけない。自分も人間な癖にと教えてやっても話が通じない『人間嫌い』なんて、プログラムのミスで産まれた『可哀想な子』で、自発的に失踪してくれたら全員がハッピーになられるのにと、底では惡んでいたじゃないか。
手術でも洗脳でも投薬でも暴力でも治療できない『人間嫌い』なんかひとりも要らない。
俺たちが生真面目に夢見続けてきた、人間を好きな人間だけでできた完璧な理想郷には。
「ななめっ! あんた何ボーッとしてんの!?」
いきなり胸倉を掴まれた。涙の跡が渇いて濡れた。ブッ壊れている俺の頭に、クエスチョンマークが一応浮かぶ。女ってやつはどうしてこんなにも、場違いに脳味噌ミュージカルなんだろう?
「ふたりとも連れて行かれちゃうよ!? そしたらたとえ殺されなくっても、もう二度と帰って来られないかもしれないんだよ!?」
「?」
どうしてそんなにも口角泡を飛ばす? 全く合理的じゃない。整合性がゼロだ。お前が明日からも飯を食っていけることの方が一千万倍大事だろうが。もともとは無目敵だった一匹と、生まれつき人間に拒絶反応があったひとりが人間社会からデリートされて、誰が困るよ? え? 本人が嫌って一度でも言ったか? 辛くても勇気を出してどちらかを選ばなきゃいけないのが自分の人生の主人公なのさ。
「ガッ!?」
顔面を思いっきりぶん殴られた。
理屈をすっ飛ばして頭が冴えた。
(そうか、他の誰でもないこいつが、今、他の誰でもないこの俺に、助けてくれと言っているんだ……!)
そうと決まればやるべきことはただひとつ。俺は小さな顎をつまみ、ちょっと上へ持ち上げてから、右手をゆっくり背中へまわして、汗ばむ谷間へ顔をうずめた。