第四章 単なる技術の問題だ 06 どんな分野にも応用が利く努力
オオグンカンドリマンの足もとで『WIN』の花束が祝辞を述べる。
オオオオワシマン、俺、『LOSE』。
「オオコンドルマンを、使ってたら勝てたか……?」
「無理無理。プレイ時間が違うし。今のあんたならオオマガンマンでも倒せるよっ?」
プレイ時間……。
発売日は三年前だったかな?
《バードバトル! 鳥人コロセウム》。
僕を私を超人にして下さいという虚弱キッズの願いを聴き入れた神様が、間違えて全人類を鳥人にしちゃった世界を舞台に、アバウトとか言うならもうや~めたとか言いだした奴の所為で空白になった座席を目指して、全鳥人類が鎬を削る大鳥編ラノベだ。
略称は、鳥コロ。
「でも姉ちゃん、寂しいなら寂しいって言ってくれればよかったのに」
「いやあれは演技よ? 演技」
そうか。いや、『倒せるよっ?』じゃなくてだな。そんなことばっかりやってるから、筆が進まないんだろ。
「ほら、漫画の中の姉キャって、ブラコン度増した方が絶対いいじゃない? 姉萌えブームの到来を、今でも心待ちにしている層のことも考えなきゃいけないっていうかさ? 『現実にはこんな姉いねーよ』的な冷めた物腰じゃ、送り手は務まんないわけよ。おわかり?」
「じゃあ妹の所に行っていい?」
「甘噛みを超えられてしまえ!」
丸めたショーツを投げつけてきた的な、嘘の囁きを追い払う。
お姉ちゃんというものは大体、どこの家庭でもお尻マニアだ。
「――っていうかさっきの。運命の認識がどうたらって、なんだったの?」
「ん? ああ。いやなんか、最近いろいろ考えてて、思いついたって、いうか……」
あ。あった。
「だから、『運命とは決まっているものであり、切り開くものでもある』ということ」
「ええ~、なにそれ? 『このはし渡るべからず』。みたいな?」
「まあ、そんな感じ」
「私は姉として生を受けたけれど、頑張り次第では妹にもなられるっ!」
「う~ん、典型的な不正解!」
「Oh! グラツィガ~ド!」
「そんな単語はこの世にない」
姉弟と書いてもきょうだいでシンクロ。
やはり綿棒はブラックに限るな。
「大抵の人は『運命は決まっているものだから、努力なんかしたって無駄だ』『運命は切り開くものだから、努力すれば夢が叶う』――このふたつでアンケートを取られたら、どちらかに投票せずにはいられない。このふたつのうち、どちらかが正義であれば絶対に、自分の不幸の全てを他人の責任にできるから」
運と才能に恵まれた麒麟児には常人並の努力をされても竜に翼。あいつらさえ居なければ。
努力量の足りない愚人の耳障りなボヤキさえ存在しなければ、この世はもっと快適なのに。
でも実際はどちらも“純粋な正義”ではありえないんだ。
「いくら切り開くものだとは言っても、育て方次第で林檎の種が柿の実をつけることなんかはないし、いくら決まっているものだとは言っても、蒔いただけで放置すれば芽が出ても枯れ、日光を当てなくても当てすぎても萎れ、肥料や農薬を適宜施さなければ傷んでしまう」
「じゃあ柿になりたいと思った林檎は?」
「そう、そこが一等大事だな。絶対に諦めるしかない」
「ええーっ!? そこをなんとかぁ!」
絶対に諦めるしかない。
潔く諦めるしか。
「とにかく今時分、そういう表面にとらわれてちゃ駄目なんだ。結果的においしいフルーツになってくれれば、消費者としてはなんだって構わないんだから。自分が林檎だったらもう、虫食い林檎になるか、カッスカスの林檎になるか、おいしい林檎になるかを選ぶしかないんだよ。四の五の言ってる場合じゃないんだ。あいつらが居るからという理由で、むざむざとその身をグレゴールに変えるのか!? 答えは否である!」
「……でも、そう簡単には割り切れないものじゃない? いや、たとえそれができたとしても、自分が柿なのか林檎なのかって、どうやって見分けんの?」
「そりゃあ……いろいろと試みてみるしかないな」
一度始めたものを簡単に諦めるなという圧力に簡単に屈してしまえば、ひとつの部活しか、サークルしか、バイトしか、職業しか“経験”できない。
友だちや恋人――は賛否が分かれると思うが。出会った順に依存度を高く設定しているだけだったなら、全員に不平等に負担がかかるし、乗り換えたそうにしている相手に取り縋るのは、なんというか現代人としてみっともない。
まあ、同じ思い出を少なからず共有しているに違いない仲良しグループへ途中から割り込むには、並大抵の勇気では足りないものだが。
「自己分析とか適性検査とかもやって、どんな分野にも応用が利く努力をベースに――」
どんな分野にも応用が利く努力?
そう、こいつが一等重要なんだ。
トーク力を鍛えて損をした時間返せ、なんて恨み歌を、俺は未だかつて聞いたことがない。