第四章 単なる技術の問題だ 05 瀬戸際
これは、それでも野良の猫型無目敵に、こっそり餌を与えるべきではなかったという話だ。
「うそ……、やめて……、トーラちゃん! ちがうの! その人は、やめてったら! トーラちゃん!」
彼女の声が届いた頃には、男の袴姿は口腔内でズタズタになっていた。こちらを向いて静止したのはほんの一瞬。銜えたままブンブンと首を振る。ネットニュースで見慣れていなければ、もう少し感情が動いただろうか。流してみせた女の涙も、立板に蛙の面だった。
「どおしてぇ!? どっおっしってエ! うんうんう~~~ん、あはあ~~は! 私っ、だっでっ、みんだを守りだいのに! うふうふ~~~ん! すずるん、あぁあ~~あゎ!」
『!?』
真っ赤に染まった空を背に、大きく仰け反って壁画になる。
放り出された半裸の男が、ゆっくりと弧を描いて激突する。
(今、誰が何を撃った?)
ばたばたばたっと魚の名残が太ももからこぼれ出る。人化しなくとも猫の手は、恥も外聞もかなぐり捨てて、最後の希望に手を伸ばす、人間の執念に似ていた。
「ドーダ……ぢゃ、ん……?」
アルアリータのちいちゃなおへそは、着物で、帯で、インナーで、これでもかというほどに隠されていたはずだった。
「…………。…………♪」
スプーンを高く掲げて舌なめずり、各部に赤い電気が流れ、口がそのまま耳まで裂けた。
(気が確かなら、生きるか死ぬかの瀬戸際で、技名を叫んだりはしないよな……)
内側から焼き切られていた帯が剥がれ落ちる。はだけた着物が湯上りに羽織られた法被に変わる。風にめくられた前髪の奥は、当たり前のことながら、個性的な眼帯で塞がれていた。
『!!』
転がっていた生手首の謎が解ける。
さっきも“肘”を――!
パンチがドズンと喀血して、
絶叫が再び夕日を侵した。