第四章 単なる技術の問題だ 05 蛇になる魔法
死ぬ。
目の前でひとりの人間が、字義通り八つ裂きにされて殺される。
爪の先は確実に、引きつった間抜け面の左半身へ刺さっていた。
「!」
電流が駆け抜ける。
(庇ったんだ)
(ちょっと外の空気を吸いに行って散歩して?)
(帰ってくるなと追い出されたに決まってる)
一昨日の夜も車道とやらの上だった。電気が消えて正体が明らかになる。どちらの目も無い。暴走の大猫を突き飛ばしたヒーローは、またしても桁外れに巨大な、猫型の無目敵だった。
「こまねきさんっ!」
乗客を降ろしたモーションすら活用して、しなやかに迷いなく跳躍。もう既に先の勝負から手を引いていたオニガデルカちゃんは、回収した水平器を手に、俺たちのそばに居た。
「汚い手で……、私に触れるな!」
命を救われた男が、駆け寄った女を突き飛ばす。
「おかしいだろ……! お前は間違えたんだ! 敗者は死亡するようにできてある“ルール”を守れよ! 少年漫画の主人公気取りのその顔面を今直ぐに片付けろッ!」
そうだおかしい。そいつにこそ俺は気づくべきだった。しかも白猫だったってなんなんだ。間違いにも程がある。血と泥で汚れているだけで、今でも充分白猫じゃないか。
(どうして奴は開眼して尚、微塵も人化していなかったのか?)
それはどう考えても悪手だろう、
だって右目まで開眼させたら、黒いムシャクロツバメシジミチョウの時と同様に――!
「ギヤッ、ァアアアアアアアアッ!」
甲高い女性の声だった。
どうしてもクソもない。
頭の中の七七七瀬瞑鑼に窘められる。
蛇嫌いの人が蛇になる魔法をかけられたらどうする? 鼠嫌いの人が鼠と入れ替わっちゃったら? ゴキブリ嫌いの人が全身ゴキブリまみれになって、初めて鏡を覗いたら――?
青筋の走った両手の隙間で見開かれていた左目は、そんな恐慌であふれていた。
眩すぎる稲妻の繭が完全に消滅する。
新たに手にしたその膨大な電圧を、
彼女は最大出力で逃走に使用した。




