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第四章 単なる技術の問題だ 05 紅蓮地獄のように

 二分の『水〇2〇(SLC)』を解いたのは、なんと七七七瀬なななせ寧鑼ねいらだった。

 今度の『〇』は穴埋めで合っていた。


「だけど、一・五メートルが456だったら、いったい何がどうなるっていうわけ?」


「Yは百五十二分の百十七になるけど……?」


「……違う」


 守るってなんだろう?

 助けるってなんだろう?

 思い遣るってなんだろう?


 食べ物で元気づけていなければ。中辛中華で温めてやらなければ。落ち込んだままにさせておけば。不幸にずっと沈ませていれば――、頭はまだ先の謎解きを引きずっていた。靴ひもを結べなかった所為で、どうせすぐに縮むというのに、ぬか喜びをさせられる。


 あご紐は繋がったのに、ペンチか何かで断ち切られたような気分になった。

「おい」と俺の口が訊ねる。

 自転車は見えなくなった。




 最後の円は秒ではなく角度だった。


「ですから、メートルに変換する必要まではなかったんですね」


 蝶々でもあり、ふたつの耳で、ピアスの部分で真っ赤な波布ハブの目と合った。

 この家のスマートホームハブは、『Melampaメランパ』という名前らしかった。


「いちひろで止めてよかったんです。いちひろ=Ⅹ。寧鑼さん、水深を測る長さの単位『ひろ』って、漢字ではどう書きますか?」


「さむらいのフエは一インチ!」


 それは寿の旧字だろ。

 エロが入ってるやつだという風に口頭で説明する役回りからはどうして上手に逃げるんだ。


「ではその『尋』という単位。今時の中学生が、漢字で一番初めに思い浮かべるでしょうか?」


 土木枠テカの耳には、『いちひろ』『イチヒロ』『1ひろ』『一ひろ』『1ヒロ』『一ヒロ』……。


「!? おい、マジか!?」


 もしXを放置したまま南の方角へ猛進していたら、この場所へは永遠に辿り着けなかった。

 それどころか……!


「どうする? 助けに行くか?」


「俺ひとりだったら行かない!」


 即答すると、オニガデルカ・ルクレティオは低い声で笑った。


『でも、どうやって……?』


 ピシャリとひと振り、《窮曲猫ニャーペント》がぐんぐんと、ティタノボア・セレホネンシスを超える。


「人間恐怖に囚われると、最も苦手とする対象を幻視しがちだ。そしてこの世には、こいつによく似た形状のものがあまりにも多すぎる。オフィディオフォビアはここに残りな。理論上は高確率で勝利できる局面で、勘違いしてブッ倒れられたら、まるで間抜けだし邪魔だからな」


 耳どころか瞼まで現物に忠実に無いというのに、本物ではありませんと言われても……。




 蛇尾と化した鞭の柄が、びゅうびゅう嘶く風を切りながら、ゼヲアちゃんを縛りに縛る。


「ぐえ~っ! ちょ卍卍卍、思ってたよりつらみがキツまろ! そこは違くない卍卍卍!?」


 傍から見れば完全に、俺たちの方が誘拐犯。


「ん? おい、そっちは駅前じゃねぇーぞ」


「あん?」振り向きざまに髪耳で刺された。「駅前には向かうよ。ただ、あの問題が、残された家族へのメッセージだったとして。捜しに向かった側が『南口』周辺で、攫われた身内を発見できなかったとすれば――もうこんな時間なんだ――、いろいろ考えた末に、いったん帰宅しようと決断を下す可能性は高い。私が土木枠テカだったなら、ひとまず一月家へ戻る」


 なるほど。


「あっ! ほんとだ! あそこ、あれ、そうじゃない!? っていうかほんとにこれで大丈夫なの!? 千切れない!? キャーッ!」


 坂を下るジェットコースターになると同時に、パラシュートを開いたダイバーのごとく上昇。

 長く伸ばした大蛇の頭部をクレーン代わりに、背後から忍び寄るわけにはゆかなかったのだ。




 白しか着ないらしい特徴が大いに貢献してくれた。本当にこの直線上で見つかった。つまり、どういうことなんだ? ネコバスならぬニャーペントタクシーが、親友からの強い要望がなくとも百八十度旋回した。また一月家。今度は着陸。また反転。みんなで走る。そして――、


「いっちー!」


「えっ?」


 一方的に抱きしめ合った。なにしてるのと互いに責め合う。どうしてここに? 俺にはクソ生意気に解っていた。あのとき土木枠どきわくテカの前には、自宅へ進むか友を捜すか、ふたつの道しか存在していなかったのだ。強熊ボイスが蘇る。これは善でも偽善でもない。人はより激しい苦痛を寄越してくる拷問器具を選ばない。


「お母さんは!?」


「捜してるけどいないの!」


「いつから!? どこではぐれたの!? あの問題――ごめん、勝手に家、上がったんだけど」


「えっ……と……?」


 あちら側にも疑問は山積みだろう。

 ひとまず安心させてほしくなった瞬間を狙って爆発を畳み掛けてくるのは映画の中だった。




 テンプレートな三つ編み眼鏡委員長で思い浮かべていたイメージが、細部から修正される。

 共感覚を自慢するわけじゃないけれど、漢字でも数字の1は赤だが、一月全体も白かった。


「それは……その……、だから、無駄遣いしちゃったから。もう要らないよね、って。あんなものを買うんだったら――」


「それで?」


 食べこぼしをすぐ咎められるように――かとも考えたが、本人の譲れないスタイルなのかもしれなかった。後者の可能性は高そうではなかったが。スカートは学生服のものさえ持たせてもらえていない気がした。左のポケットが盛り上がる。


「それで――、家に居るのが息苦しくなっちゃったから、ちょっと外の空気を吸いに行って、散歩して帰ってきたらお父さんもお母さんもいなくなってて、あのなぞなぞみたいのが書いてあったのを見つけて」


「あの字に見覚えは」


「ない……と、思う」


 黒髪こげ茶眼の真実は、三次元の画像を用いて力説しても尚、リアリティと意外性を同時に愛してやまないカラフルな背広に虚しく響きがち。やや幅広なベロアリボンレースチョーカーだけが、華奢な頸部を中央で一文字に分断して、紅蓮地獄のように咲き乱れていた。

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