第四章 単なる技術の問題だ 04 一月家母子失踪事件
いきなり電話が他人の親バカ親のように手前勝手に、LINEネイティヴの神経を削った。
多生の縁ということで、また何かあったらと、ついさっき交換した土木枠テカからだった。
いや、こあくちゃんはひと回り上だし、許可を取ったシーンをカットしただけだから……。
こいつを解読できた場合の未来を想像してみると――あざ笑うつもりはなくとも、俺たちの早呑込みで、そもそもこの“一月家母子失踪事件”には、全く関係がない設問である現実に、行く手をあらかじめ阻まれていた。
関係はあるのだけれど、偽りの地点へ誘導されてしまうパターンも当然無視できない。指し示された居場所に嘘がなかったとして。そこに母と娘だけしか居ない可能性は何パーセント? 普通、そこで待ち伏せるだろ。そこへ手下を差し向ける。少なくとも罠をしかけておく。
もとより、自身は一度もリトライできない縛りで仇を討ちにくるよう工作する、マゾすぎるラスボスよりも更にご親切に、やって来るかどうかも判らない俺たちみたいな仮想敵へ向けて、あんなものを残してくれていたこと自体が不可解なのだ。
足音も聞こえない内から軟禁場所を予知できるのであれば、こんな回りくどいことをしなくとも普通に逃げ出せたはずだし、SOSを放置してくれるほどに犯人が善良だったのならば、泥縄とは、泥棒自らが逮捕されることを祈願して縄を綯うという意味になる。
ただ単に、家族で外食にでも行っているだけなんじゃないのか? それなら戸締りをしていなかった理由が見つからなくなるが……いずれにせよ。結局助けに行けないし行かないのなら、今ここに注力する選択は紛れもなく悪だった。
「いちじゅうひゃくせん……へいせい、にまんにじゅうねん?」
「なんでよ。違うでしょ、割る2なんだから、HO2……わからん」
「ってかO2Oってなんなの? O3でオゾンって言うんじゃないの?」
「四字熟語のどれかってこと? あっ! 四字熟語なんじゃないの!? こっちも!」
『おおっ!』
「それで、あの家にある辞典の、234ページに、メモ的な何かが……挟み込まれている?」
『ううん……?』
「ねえ、水天一碧ってのはあったけど、水ナントカ2ナントカなんて四字は無いっぽいよ?」
「えっ!? あっ、んん~~~???」
どこに居れば安全なのかという問いにこそ答えがない。迷子にそこでじっとしてろと言ってみたい欲求も、そこそこわけがわからなかった。途中の道で何かに襲われたら諦めよう。勇断に価値が生じるのは、背後からのみ水が迫り来てくれる温室の中でだけだ。
息を切らしてもいないのは、散歩番組で芸能人に自転車を漕がせたら、ヘルメットで髪型が毎回、顔が大体同じになるから。大事そうに握られていたのは、めちゃめちゃに壊された眼鏡だった。
漬物石で矯められている若松と目が合う。
表札だけが白骨のように映えていた。
インターホンは俺が鳴らした。機械的に代わる言葉が見つかるより先に、土木枠テカがノックした。拳骨の方が大きい。寧鑼が引いた扉は開いた。どたどたと土足で続く。廊下を数歩進んだ先に、あったのはまるで会議室。塾の一室はアナログ時計の目盛までもが白かった。
『〇』で囲まれた『?』が四つ横に並ぶ。その下に、二分の『水〇2〇(SLC)』=456という数式。そして一番下に『234』という数字が、ギザギザのふきだしで囲われている。ただし、一文字も間違っていないという保証はできない。なにぶん殴り書きだったので……。




