第四章 単なる技術の問題だ 03 窮曲猫
断面が綺麗だというよりは安直ではない、ちいちゃな手首が、血だまりの中で骨が脂が白い。
(事態を理解したがるな)
(なんの感想も口にするな)
こんなもので逆転のホームランを打てるはずもなく、取ってこいというのが方便で、つまり皆を逃がしてくれたわけで、要するに自分ひとりで暴力を引き受けた――というのであれば、
あそこにぼんやりと突っ立っている、オニガデルカ・ルクレティオは誰なんだ?
(身内の四人は俺たちよりも逃げ足が速かった)
(あっ、霊か?)
新たな謎を組み合わせて答えが出た。デルカちゃんが棒状のおそらく刀を、拾い上げて挑みかかる。攻め入って迎え撃つ。突然、敵の腹甲が光を集めた。次の瞬間、首が天井を貫くかと思うほどに伸ばされた。無計画に薙ぎ払いはしなかった。身体が九十度横になるよう一歩踏み込んだ虚空で、剣道の、面を打つ構えをとり、振り上げて全力で振り下ろす――、
他人の刀は最初に食い込んだ薄皮一枚に骨を断たれた。真っ赤な音色が大きく爆ぜる。壁が砕かれることはなく、受け身を知らない肩甲骨に、不遇をかこつオタマジャクシと兇暴な男子小学生を掛け合わせた音がした。
「デルカちゃんっ!」
気泡と黄緑の液体がパイプの中に封入された――『水平器』を高く掲げ、これで合っているのかと訊ねる。赤と緑の炯々たる眼光が別々に俺を射抜いた。一応全部持ってきたけど。今時、鈍足ではない亀も居る――なんて情報に、心から驚ける人の方が稀だろう。それでも。当然のことながら。ここは陸上だったので――、
「《鬼ヶ島流しの――!」
眩い稲光で簡易スカートの内側に漆黒の影が差し込む。
(質量を取り戻せばパワーを上げられる!)
(電化を解除して、まさか、ゴリゴリのアメフット部に――!?)
振りかぶってから、初めからシンプルに殴打する予測を立てていたことにした俺も負けた。
片割れは双子のきょうだいの名前にでも使用されていると思い込んでいたなどと減らず口。
「窮曲猫》!」
鬼にも蛇にも出くわすものだと考えて生きよとの天啓か。絞り出すまで縛り上げた電気鞭の瞳孔は、ひとつ残らず、この地点は水平で間違いがないと太鼓判を捺していた。
銭湯後につきものの宴の席で、俺は、知っていたからこそ知っているつもりになっていた、知らなかったことをまたひとつ知った。
(別におかしくはないか)
(逆は絶対にありえないもんなあ)
寧鑼ちゃんも一緒に、ここの男湯でバイトしようと誘われている。
「ひとりで来たんじゃなかったんですかぁ?」
席と言っても自販機の隣だ。