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第一章 目的捜し夢探し 01 紫電一閃!

 風呂の洗剤を小さなビニール袋に入れ、卵のパックを一番上に乗せたそのとき、どんと大きな音がして、店内に何かが突っ込んできた。

 店内にというか――俺の目の前に。

 後方へ撥ね飛ばされながら、ブレーキとアクセルを踏み間違えた高齢者による、いつぞや聞いた店舗破壊のニュースが脳裏に蘇る。


(これは元気なおばちゃんじゃなくて、綺麗なお姉さんがいるレジを選んだ報いなのか!?)


 そんなわけはないのだが。

 とにかく。

 わけがわからないままに背中を強打して反射的に口から出た痛っという言葉は、ひと呼吸置いて群衆が放った、きゃーっという叫び声によってかき消された。咄嗟に後頭部へ手をやる。よかった血は出ていない。しかし人心地ついたのも束の間、今度は内出血しているかもしれないという不安がやってきた。


(え? これ、今は大丈夫でも、後から突然ぱたっと死ぬ系の怪我じゃないよな? え?)


「だ、大丈夫……!?」


「ぜんぜん大丈夫じゃないです!」


 寝起きの頭でそう言うと、レジのお姉さんは一度面食らったような顔をしてから、くふっと可愛らしく笑った。

 そこにあったのは、おじいちゃんが愛用していた白い軽トラックではなかった。そこにいたのは、コンクリートを食い破った頑丈な顎に、ついでに破壊したレジスターの配線を絡ませて、バチバチと辺りに電気を放つ、全長十メートル超の――、

 ヤマトシロアリだった。


『本当に全然大丈夫じゃないっ!』


 じゃらじゃらと降り注ぐ小銭の雨の中を、青白い電気が幾本も駆け抜ける。永久不滅の福沢諭吉が、はらはら、ひらひら舞い落ちる。


「はやく逃げよう!」


 手を取って駆け出そうとまでしてくれたけれど、俺は逆に彼女を自分へ引き寄せた。そして頭を低くするよう指示。幸い隠れられる物陰はそこかしこにあった。

 小さなスーパーには通常、防犯上の都合で出入口がひとつしかない。耳を澄まして目をやると、そこはもう既に混乱した人々で溢れかえっていた。特大の兵隊アリが顎に絡まったコードを引き千切ろうとして、バチバチ、ブチブチ火花を散らす。


「あの……、裏口から逃げようって意味だったんだけど……?」


「えっ」


 そういうことは、先に言って下さいよ……。

 ものすごく格好悪いじゃないか。


「ゆうちゃんっ!」


 突然に、悲痛な叫び声が俺の耳を劈いた。まさか将棋倒しの犠牲になったのか。直後、隣の彼女がおもむろに立ち上がり、まるでウエイトリフティングでもするかのように、そばにあったショッピングカートを引っ掴んで持ち上げた。

 俺はまた驚くことしかできない。これが火事場の馬鹿力というやつか。ああ、店員さんであるが故にあの親子と顔見知りだったのか。と、そこまでは考えることができた。

 シロアリがゆっくりとこちらを向く。彼女は全力でそいつを振り上げ、琥珀色の頭部へ――

 ではなく、窓ガラスへ放り投げた。



 駐車場にはもう一体兵士がいた。こちらのシロアリが店の奥へ侵入し、また客が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。ゆうちゃんを抱いたお姉さんが虫の前で転倒。俺は拳に力を込め、ギザギザに割れた窓から鉛色の曇天へ勢いよく飛び出した。これ幸いと、

 自分だけ助かるために。


「大丈夫ですか!?」

 

 国民の血税で飯を食っている国家公務員様じゃあるまいし、こんな場面で人助けをすることは偽善を優に通り越して犯罪だ。たとえ命と引き換えに他人を守ることができたとしても、今度は身内を悲しませることになるのだから。

 俺には俺が死んだら悲しむ家族がいるのだから!


「その子わたして! ほら、立って! とりあえず車の陰にでも――」


 鋭い両顎がワゴン車へ勢いよく突き刺さる。背中を向けていたので、爆発する瞬間を見ることはできなかった。甲高い叫び声。ぼんっという気の抜けた音。目を見開く群衆が火炎に照らされ、体に悪い臭い煙が風に乗って鼻をつく。


「えっ、これ、死ぬの……?」


「はい! 死にます!」


「いや、そこは助かるって言ってよw!」


 ごめん。頭が回っていないんだ。しかし彼女は怒りながらも隣でまた小さく笑った。自分にもふっと笑いが込み上げてきたので、これはガチで死ぬやつだと、思ってしまった。


「来ちゃいけません!」


 第二ヤマトシロアリが、超巨大ビル解体用の重機を思わせて、俺たちの頭上をゆっくり移動。断腸の形相でやってくるお母さんへ無情にも、一撃で金属を裁断した凶器が振り下ろされる。

 皮肉にもヒット作の共感型主人公ばかり閃いた。畜生が、騙された。俺も勇気を振り絞ったし、俺も最後まで諦めなかったのに……。いや、ここであのお母さんを見捨てれば、俺たちは普通に助かるのか? 悪魔の囁きを振り払おうとして――、

 真後ろの三体目と目が合った。


「これでも、少なすぎるくらいですよね……?」


「まあ、シロアリだしね……?」


 胸の中のゆうちゃんが、ママぁと大きな声で泣いた。残念ながらこれ、



 紫電一閃!!!



「あがががが!」


「んぐぐぐ!?」


「んんんんんんっ!」


 大気を無理矢理こじ開けてこちらまでやってきた、あんまりにも強大なエネルギーによって、頭も体もちょっとだけおかしくなる。


「電気水母? 電気風呂?」


「デンキウナギ! デンキナマズ!」


「でんきしびれえいっ!」


 ……ちょっとだけ。

 音とのズレがなかったのは目と鼻の先に落ちたからだ。そのため毛細血管ではなく、巨大な光の柱に見えた。


「なっ、なに今の!?」


 不気味の谷現象は乳首でも起こる――、いや、ホログラムにしか見えなかったんだ。


「かっ、雷、じゃないでしょうか……!?」


 今発生したのは、まさしくあの有名な、『小気味の山を越えちゃった現象』であった!


「雷ぃっ!?」


 胸部を消し飛ばされたソルジャーが、脚を四方に撒き散らし、頭部でギィギィ喚きながら、どどっと地面へ頽れる。想像とは違って伊勢海老が焼けたような良い匂いはしなった。

 そういえばさっき見上げた空はいつ泣きだしてもおかしくない色だった。俺たちよりも大きな物体へ直撃したことにも嫌というほど筋が通っている。しかし、それにしても都合が良すぎないか? そう、何よりもタイミングが――、


「ゆうきっ!」


 俺ごと全力で抱きしめてきた。

 きじゃなかったら判ったのに。


「あっ! あれ!」


 感動の再会を遮って、お姉さんが上空を指差した。皆で一斉に見上げると、そこには――、


 全身にバチバチと電気を帯びた小柄な少女が、

 スカートをはためかせながら浮いていた。


 前髪をギラリと貫いた透明な角の中には黄緑の稲妻が揺れていて、右目を覆う黒の眼帯には深紅の十字が光っている。メタリックオレンジに輝く長髪を後頭部で縛ったそのヘアスタイルは、鋭利な額の円錐によって、ポニーテールではなく、ユニコーンテールと呼ぶ方が相応しいように思われた。


 あっという間に第三ヤマトシロアリをも撃破した彼女は、橙に燦然と輝くだけで決して炎を纏わないその刀をしかと握り直し、虹彩と同じ蛍光グリーンの電気を迸らせながら、雷土の速さでスーパー内へ突撃。第一個体を引きずり出して、これまたあっという間に破壊した。


 ぐさっ、ぐさっ。

 じゅうっ、じゅうっ。

 切り離されてなお生きていた肉片が、ひとつずつ丁寧にとどめを刺されてゆく。


 ええと……?


 呆然としながらいろいろな意味でドキドキしていると、周りからわあっと歓声があがった。はっと気がついて、無意識に抱きしめていたママさんから手を離す。彼女はごめんなさいと頬を染め、目尻の涙を拭いながら、ありがとうとはにかんだ。


「んぐっ!?」


「よかった、よかった!」


 今度はレジのお姉さんが抱きついてきた。ゆうきちゃんママとはまた違った、女の人のいい香り。ここから恋愛が始まる――なんて妄想、一応閃きはしたけれど、流石にありえんだろ。俺はその場のノリでやってきた唇を、屋外飼育犬にするように、全力でやんわりと拒絶した。


 そしてここで、ぽつぽつと雨が降りだした。ほほう、そう来たか。知ってたよ。展開が綺麗すぎて不気味だな。立ち上がり、とりあえず日本人らしく、外行きの笑顔で何度も頭を下げる。ママさんはママさんたちの、店員さんは店員さんたちのもとへと帰っていった。


 と、最後に、燦撃の電気ユニコーン娘が俺のもとへやってきた。俺は短く、よう。と言った。彼女は何も言わなかった。その代わり、微笑しながら手を差し出してきた。俺は半ば無意識で、脇腹にだけは突き刺させまいと、そいつを自分から掴まえた。


「ありが、あああああああああああっ!?」


「あっ」


「アホかお前は、お前は早く、お前はもう電気を消せ! 電気ををああああああああっ!」


 電気を消した後も、熱の引かない彼女の刀は、雨粒を無感情に再び天へと還していた。

 今日も絶賛微妙デー。いやまあそれでいいんだけど。一応戻ってみた俺は、小さく息を吐いてから、十人十色な白いあいつに突っ込んだ。


「ベタなラノベの主人公かよ!」

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