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第四章 単なる技術の問題だ 03 人生の先輩として

 どうすればいいんだろうね。

 どちらも実行すること単体は容易だが、最適解がわからない。

 詳しく描写すれば、どうも空気を読めていない気がするし、

 オールカットすれば、思考停止と謗られそうな予感がする。


 いや、たとえば性描写でさえ、純文学を参考に婉曲に婉曲に語れば、R15の規定から逸脱することはない。ひるがえって同じ情景でも、エロレーベルのノベルスのように、放送禁止用語を多用して露骨に直截的に語れば――、

 地域猫に花壇を雪隠せっちん扱いされた母御前ははごぜんが怒り狂うのだ。よし。


 その質問は駄目だろう。生き延びた我々が成功者――という答えしかないから。華やかな芸能や大袈裟なネットの世界では、まだまだギラギラした飽食の無駄金が先輩風を吹かせているけれど、事実近所の、俺がガキの頃などは、そこで団子を食おうものなら大笑いされていた、なんか適当な道の隅にある桜並木には、近年になって突然に花見客が増加し始めている。

 人の心は確実に、ささやかな幸せで充足できるように進化してきている。


「? まあそりゃあるけど……」


 昼はアパレル関係で、夜は塾講師として働いていたらしく、燃えたのは前者らしかった。


「でもその前に。大人になってから、やっとわかったことがあってね」


 条件反射というやつだ。たとえ今隣にいるのが二〇加屋にわかや減雄へりおであったとしても、俺は横目でチラチラ盗み見ただろう。きみだって絶対にそうするはずだ。脱衣所のあたりから。


「伝えるって言っても一筋縄にはいかないわけよ。つまり人それぞれに、子どもそれぞれに、ほどこして欲しい情報が違う――ってこと。子どもの頃は、『この世にはいろんな人が居る』って言われても、額面通りにしか頭に入って来ていなかったわけ。実際ね。同じ顔の人がひとところにわんさか居たら、陰湿な因襲の実存を連想できてしまって嘔気おうきがするわ。的なさ」


 ご想像におまかせピンクのたおやかな掌から、掬い上げた深緑の薬湯がとろりと零れる。


「私だって『親切でやってあげているのにどうして?』とかいう悩みを自分勝手に抱えて苦しむ大人は大嫌いだったわよ? でも実際、そうならないためには、そうしないためには、他人を区別しないといけなくなるわけよ。差別しないといけなくなる。人間をゴミみたいに分別する大人になって、純粋な善人を貫き通すと誓った子どもの頃の私を、裏切らなければならなくなる……」


 館内の間取り図通りに、この浴場が最も広大だった。それなのに、やはりなと俺は、予想が的中した優越を感じた。からからと扉を開けてふたり同時に舌打ちした。ゴリゴリのアメフット部が合宿をしているはずなんか、あるわけがなかろうに。粋に手を添えた腰には白いタオル、不自然に引っ込められたお腹の上にはちいさなおへそ。×2。せめて手ブラを装着してみてはどうだろうかと提案させて頂いたら、寧鑼ねいらのやつは笑顔で競歩して、いそいそと泡ブラで装飾した。こあくちゃんはどうせ湯気ブラになってるでしょと、かけ湯だけをさっとした。


「それではお姉さんから質問返しです♪ きみは記憶力を持て余している、攻略本嫌いのミステリマニア? 想像力の泉を気の向くままに鯨飲する、哲学書蒐集家? それとも只ほど安い物はないはずなのに、ゲームのハードは大体持ってる、純粋に欲張りなオプティミスト?」


 考えるまでもなく、最後のやつだった。

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