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第四章 単なる技術の問題だ 03 蠱惑の小悪魔 強熊こあく

 いやそれは短すぎるだろう。


「んー、じゃあこれ」


 個人的に『螓首蛾眉しんしゅがび』という四字熟語は、備忘のための美貌だと思っている。


(羽化直後のホワイトミントな翅の部分に感じるのならまだしも……)


 俺は実にアホだった。寧鑼が伸ばしていたのはただ単に、『4』への貯金を第一に考えて、節制した生活を送っていたためだった。吝嗇というわけではないが……切りたかったのだけれどという話であったのならば、もったいないかとも思ってしまう。

 いや二言はない。二言はないけどだな。ばっさり切るとしても――、軽く掴んで左顔を向けさせ、架空の切りすぎた前髪の先から、うなじ辺りへなぞり下ろす。こうじゃなくて。横髪越しに顎の先に触れ、首筋目指してなぞり上げる。こうな?


「おっけー。じゃあそういう感じ? みたいですっ」


 彼女はまだ決めかねていたので、寧鑼が先に回転椅子へ。

 理容師さんの営業潤滑油を素直に受け取ってはにかむ。

 ペラペラ。


「茶髪に戻す気で来たんだけど、これ見てるとこれも捨てがたくって、でもピンクブラウンにするならいっそ完全なピンクにしてやりたいって気持ちが、湧いてこないでもないんだよね」


「当初の目的から大幅に逸れてきている気が……」


 タメ口も、改めるべきなのかそうでないのか。質問ばかりしていてもいけないが。まあ司会者の腕も、個性的なタレントさんが大勢集まっていなければ、最大限には発揮し様のないものでもあるが。

 個人的な意見だけれど、沈黙は銀だと俺は思う。味があるという見方をすれば、金には味がありすぎて、やはり銀の方が上位であるイメージに再会するから。


 めいちゃん。ねいちゃん。アーちゃん。コニちゃん。――まあ、にりるはにりるか。付き合いの長い相手とは、そもそも距離の取り方で悩まない。呼び捨てで認識する方が、気が置けない度合が高いとも言えるし。

 強熊こわくまこあく、強熊こわくまこあく――。こーちゃんだと男子っぽいしなあ。コワちゃん、コアちゃん、熊ちゃん。ううむ。熊さんと呼ばれていそうではあるが。同い年の男子から。あくちゃんなんか絶対だめだろ。そうでもないか? ストロングベア。マイティベースアップ。


「えっ、なに」


「んー……?」


 初めて昼間に見た所為ではない。そもそも明かりの元での相貌は一昨日の金曜日、東京の無目敵ドーム内で視認している。

 それこそピンクブラウンの虹彩。前を見るために仕方なく除けられた前髪が覆い隠すのは右目の方。髪に限った話をすれば、ワカメというか蛇キャというか。眼帯に感興を失した未来の、七七七瀬瞑鑼(黒)って感じ。


(こあくちゃん一択かな)


 こあくさんだと、(クサ)と同じ訓を含むし。


「――裸眼だよね」


「うん? そうだけど……」


「おっかしいなあ」


 寧鑼は全然、鏡越しにもこっちを見ていなかった。


「髪も自分で切ったりしてない?」


 今日も切る予定がないくらいには。


「えーでも一昨日、眄ちゃんも刺されたよね?」


 俺の名前も、痛くないあだ名を抽出しにくいやつだった。

 右手を開いて差し出される。

 薬指、中指、親指の順に折り畳まれて、人差指と小指の間を薄紫の電気が、


「あっ」


「私だけテキトーに治療されたのかなあ……? それともななめちゃんが特異体質?」


 そうだ。そうだった。アホな俺が俺の目線のみから勝手にこいつは盲点だった。俺だけが微塵も無目敵化していないというのはおかしい。微塵も? イエス。

 何度も試してみたけれど、どの指と指の間にも電流は流れなかった。

 えっでもこれって結構やばくないか? 無目敵化が進行すれば、いつか人を襲うことに疑問を抱けなくなるかもしれないし? それにいずれ目も退化してしまうんじゃあ……?


「ん? 刺された……お前いま、刺されたって言ったな?」


「え? うん、そうだけど」


「ちゃんと刺されたのか――って訊くのもおかしいけど、ちゃんと刺されたのか? つまり、お前だけ本当は噛まれていたとか」


 瞑鑼はあのとき、俺と見た個体を、コウモリ型ではないと否定しただけだ。


「えー、どうだろ、わかんない……」


「あっ!」


「うわっ! なに!? もう!」


 待て待て全然違う。そうだよ、コウモリ型に噛まれたから無目敵化する、蛾型に刺されたから無目敵化しない――そんなルールがあるはずがないじゃないか。多分これが正解だ。いや絶対にこれで合ってる。人は体内からウイルスが完全に消えてなくなる究極の安心を得るよりも先に、診断結果を直視することで余計な不安を減らしたい生き物だ。俺は順を追って説明した。

 まずお前が――人化が進行していたとはいえ――盲目だった頃のコニカに刺された。それからコニカが開眼した。そして俺が人型無目敵と化したコニカに刺された。


「だから俺は厳密には、無目敵じゃなくて、ヒューマノイド・エイムレスネスに刺されたんだ」


「ああー」


 人生はギャンブルじゃない、人生は就活だ。

 そう断言したわりに、こあくちゃんはヘアカラーだけを変えた。

 職種や時給で悩んでいたはずなのに、どういうわけか良い感じの銭湯が見つかった。

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