第四章 単なる技術の問題だ 03 満腹ハングリー
巻き込まれ易い体質だと自分で言いはすまいという、妙なプライドの障壁が透けてゆく。
「ふふふん♪ やっぱりそうゆう方向へ話が広がると思った? 残念、はずれ~、隠佚ねぇ」
絶対に流されないためには、最低でも七七七瀬瞑鑼である必要があるのではないかと、最近俺は思うようになってきた。
楽しい思い出という名の宝石を、駆けずり回って集めるのであれば、行く先々で様々な天候の影響を少なからず受けてしまうし、繋がりを求めるというのは、人の波に揉まれることそのものであるからだ。
「肌って具体的には女体のどの部分を指し示すんでしょうかねえ~?」
「ん~、足」
「えっ!? ちょ、なんでっ、もーっ! もーっ! こらぁ」
なんだなんだ、いきなりどうした?
「もーもーっ、牛のまねw ぶすーっ」
「ここ外だからガオーッできないよ?」
ヰンヰンというか、シナジーというか。集団で登下校していなければ列に突っ込まれることはなかったのに、とよく嘆かれるけれど、ひとかたまりになっていなければ今度は、攫われる確率を下げるべきだと叱られるんだ。
探しているはずだった。なにせ職場が燃えたのだから。そうであればまあ、外出するだろう。開始していないのであれば今からどうだと提案してみれば良いし。少々恩着せがましいけれど、護衛同行を献言してもいい。
男の鼻に、露れた寝惚け眼まで鮮明に映し出す舒緩な声。焼けるほどは呑まない人らしい。今日暇? とは勿論訊かない。しかしこの世には、自分がされて嫌なことを人にして喜ばれる場合も多々あるのだ。単刀直入にガードウーマンしてと注文するわけにもゆかないが……。
また別の妙案が閃いた。交換条件というほど鯱張ったものでもないけれど、それで快諾する。手間がひとつ減った上、うまくいかなくても損失が出ない案にまで尻込みするほど、実行力に乏しくなった覚えはない。
「それで、なんなん? あのパッケージを憶えて――」
目的地である行きつけのじゃない美容院を目指しての、田舎臭い道はまだ続いていた。
「定期的に買ってきてくれってこと?」
「やだー、そんなの、恥ずかしいからやめてよーっ」
わかるぞ。俺もアンデスタッチを受けた際に一瞬見たことがあるとはいえ、余計な激痛なしで、自分の自由意思に従って、好きな時に好きなようにアレを見られると考えるだけで、浮足立たずにはいられないからな。
「サムネ画像にどうかと思ってね。じっけん♪」
寧鑼姉ちゃんの寧鑼姉ちゃんねる。
実はそこに時おり声だけで出演している、似非阿波弁の七太郎こそが、他ならぬ俺なのだ。
「そりゃあ男子は閲覧しちゃうだろうけどさあ……。そのあとどうすんだ? なんかありならBAN食らうし、なんもなしなら米欄が炎上するぜ?」
「ちっちっちっ。ちぃがうんだなあ、これが」
いずれ文字に起こすことを考えて発言してあげてる感がすごい。
「うひひ、じっけんは大せいこうだぜ……♪」
いいからもう、いい加減はよ言えよ。
「サムネをあいつのアップで決める! 『肌ってどこの?』で男子が集まる! それから普通にゲームとかお喋りとかしてぇー、そんで最後の最後に――プレゼンですよ。すごいっ、私!」
闇のピノッキオも鼻負けだったけれど、その程度の内容の動画が既存じゃないはずがなかった。
いや違わんだろ。
「ちがいますぅーっ! 私は商品を勝手に宣伝するーバーじゃなくって、企業さまに新商品の案を提案させていただくーバーを、やろうとして、いるん、ですぅーっ!」
いやいやまあまあ、誰にも迷惑がかからない程度になら何ーバーをやってくれても構わないんだけれども、そもそもアレって改善点残されてるもんなのか? 使い分けてくださいで終わるんじゃないの? 知らんけど。
「寧鑼姉ちゃんねるは言います。引っ掴んでカメラに寄って『これでいいんだよっ!』……と」
確かにトーク力のハードルには、日々挑み続けてゆかねばならないようだった。
「男子でもネットで買えばいいじゃん的な結論は消費者のものである! 専門の会社自体が! 世界中の女子の“肌”だけで満足せず! 積極的に能動的に全人類の足裏とインソールの間で足汗にまみれ続けている未開拓の市場を完璧に開拓し尽くすという壮大な目標を掲げ……!」
「わざわざそんなことしなくたって、黒字なんじゃないの?」
家禽なんか比較にならない程とこしえに。
「ノン! 満腹にならざるを得ない境涯で夢を見失った若者に、それでもハングリーになれと伝えたいのなら!」
じゃあ、靴屋が儲からなくなるから駄目だとか。
「ノンノ~ン! あっ、靴底が擦り減らない靴が普及しないのも不自然よね? ピコーン」
靴下にも穴が開くだろ。
消耗品の耐久力を限界にまで上げてどうすんだ。
「まあとにかく、本来の使い方のオマージュ? でぇ、装着してみた男子が、一日中ムレない、におわない、足汗スッキリ~♪ 愛靴も守れます、キリッ。みたいなCMを撮りたいのよ」
非常に嫌な予感がした。
「とんでもなくふざけた爽快スマイルで、スローでこう、青空へあの、非常口のポーズで?」
後日製作してみた結果、バックのふたりも俺という、なんともカオスな仕上がりになった。