第四章 単なる技術の問題だ 01哀哭の巡洋駆逐艦 鴇宗
海抜一万千百十一メートルの中空で右ストレートを食らった俺は、交差させた両腕で身体をガードした格好のまま、東京都千代田区永田町一丁目にある、あの有名な国会議事堂の前庭へ、背中から思いっきり激突した。
「よわ~い……♪」
昨日は久しぶりに部活に行った。
うわっと湧いた銀虫が、縦横無尽に飛びまわる。
(……目的は、なんだ)
胸元に真っ赤なハートをしつらえた、黒尽くめの出で立ち。一枚々々の柔らかな羽毛が形を成しているとは到底思えない、翼竜の――否、ステルス戦闘機のそれを髣髴とさせる両翼。
「やはり、世界を滅ぼすことにしたのか……?」
「はあ? 世界を滅ぼす? なに言ってるの? ちょっとした小遣い稼ぎよ。いま私たちの間じゃあ、貴方達をおうちで飼うのが流行っててね? 絶滅危惧種の“人間”も、飼育下で繁殖させた個体に限っては、合法的に商取引ができるの。おわかり?」
「ペットのための、乱獲……!」
「なによ。べつに、貴方たちも今までさんざん野生動物に対して行ってきたことでしょう? 宇宙空間へちょっと運び出しただけで三割程度は死んじゃうけれど、それはあらかじめ肉体を鍛えておかなかった阿房が悪いの。うふふ実に頭が悪い。それとも今すぐ流氷の上の赤ちゃんアザラシみたく、母親の目の前で脳天にアイスピック突き刺して、生きたまま生皮剥いで、手触りの良い高級財布へと鞣してやろうかァ!? アアアッ!?」
《お菓子捲る容喙》が希薄な大気ごと俺を刻む。下腹部に足。目前に拳。俺は今度は頭から、死すべき怪獣のようについに議事堂へ突っ込んだ。
「ふふふ……、ふふふふ……! やっぱり、よわぁ~い……」
議員になってもいないのに、国会生中継に出演する日が来るとはな。俺は騒ぎたてる頭の良いおじさん、おばさんたちの間で起き上がり、翼長六メートルにも達する背中の翼を広げた。真っ黒な鉤爪のついた金色の拳をぐっと握りしめ、むき出しになった地面を蹴る。
「原稿の執筆に行き詰まったのか!?」
俺の放った渾身の《無明なる尸冠を戴く猛爪》は、姿勢を正して吸い込んで、更に大きく膨らんだ胸から飛び出た心臓にブッ殺された。
「んん~、それもあるけどぉ~……?」
「じゃあそれだ! それだけだ! いいか、よく聴け、七七七瀬寧鑼!」
「いいえ違うわ。いい加減に認めなさいよ。『七七七瀬』なんてふざけた苗字、この世にあるわけないじゃない! ツッコミとしても低能なのね? 私の名前は哀哭の巡洋駆逐艦“鴇宗”! 恋せよ、そして、崇めよ人間」
「ペットにするなら何故殺す!?」
「懐かなかったからよ。本当に頭が悪いのね。貴方はチャンスを逃したの。っていうかなんで抵抗するわけ? この体を壊したって“私”は死なないのに。あはは!」
こちらの攻撃が当たるということは、あちらからの攻撃もこちらへ届くということだった。鳩尾に膝。俺はお尻から上下真っ逆さまに大気圏を突き抜けた。
「――っ! 一パーセントだろうが九十九パーセントだろうがそんなものは五十歩百歩だ! 『努力』は結局万人がすることになる! だから問題は『運命』をどう認識するかなんだ!」
「うるさい! ばかななめっ! 妹とばっかりいちゃいちゃして!」
「そんな……! っ、お前だってこないだ、親父と存分にいちゃついていたじゃないか!」
「あのあと結局お母さんに盗られたもん!」
まあ、あのひとは、アラサーには到底見えない、小悪魔ロリ天使だからな……。
「おりゃーっ!」
スペースかかと落としを決められ、皇居のお堀へ盛大にダイヴした俺は、アリゲーターガー型無目敵にザブザブと捕食された。
……。
そんなのありか!?




