第三章 闇髪の注瀉血鬼 07 人類を守るヒーロー
二〇四五年問題。
技術的特異点。
人間はどうすれば進化できるか?
答えは簡単。
罪に繋がりかねない欲望から解脱させれば良い。
一体どこが知的生命体なんだか。生きてる時間の八割方を、食事と交尾と惰眠に費やしているなんて。ミトコンドリアの時分からまるで進化していない。文句ばっかり言って。自己中心的で。年中身内同士で殺し合って。いい加減に悟れよ――ということで人類は、完全知的生命体が生み出した《あくまで科学の力》によって具象化された悪癖たちと、強制的に戦わされることになった。
展開が早過ぎると文句を言う暇もなく、どこからともなく現れた、どんな漫画にも出てくるような、目がイッちゃってる系のデザインの敵に、人間のヒーローが何億人も立ち上がって立ち向かった。
そして三年後。人類はついに彼らを全て打ち滅ぼした。完全知的生命体は歓喜した。丁度お座り、お手、待てができるようになった野良犬を見た人間のように。
しかしそこで終わりではなかった。嫉妬、暴食、強欲、色欲、矜持、憤怒、怠惰の全てがこの世から消えた途端、突如として第零番目の大罪が現れたのである。真空になった敵の枠を埋めるように、奴らは気がつくともう既にそこにいた。
これが今もなお地球に蔓延る、害虫、害獣、害鳥、要注意外来生物、特定外来生物及び侵略的外来生物をベースに、AKCの影響を受けて人の目に見える姿になった『目的がないこと』――、《無目敵》だ。
ついにやったぞ!
完全知的生命体はまたしても歓喜した。
ミトコンドリア・サピエンスの知能では観測不可能だった『第零番目の大罪』の実在を、あくまで科学的に証明することができたからだ。こいつだけは七つ全てを破壊しなければ、決して現れなかったのである。
しかしながら人々はこの日を境に必然的に無欲状態になり、無気力状態に陥って、無感動、無感情かつ無目的に生きるようになった。情念が心にひとつもないのだから当たり前である。
このままでは知能が低い代わりにずば抜けた生命力を持つ無目敵たちによって、あっという間に地球が侵略されてしまう。そうなると、自分たちの手足となる知的生命体をまたゼロから創りあげなければならなくなる。それはとっても面倒だ。
そう考えた完全知的生命体は、『やっぱり罪に繋がりかねない欲望とかも、ゼロにしたらだめだったわ。しっぱい♪』と、超人たちが三年もかけて、命と引き換えに根絶することができたあいつらを、あくまで科学の力でひょいっと蘇らせて、ぶちぶち千切り、全人類の心に戻した。
そして六度目の世界大戦の勃発。『人類対完全知的生命体』『人類対七つの大罪』に続いた、『人類対無目敵』の戦争の勃発……。
しかしこれもまた一瞬で片が付いた。何億ものヒーローが他界した後の世界に残されていたのは、全ての欲求が奪われる以前でさえ、『命を削って英雄になり、命を賭して他人を守りたい』などとは死んでも思えない、守られることがお仕事の脆弱なモブがほとんどだったからだ。
そのまま放置していてくれれば、何を感じることもなく侵略されて滅ぼされて終わりだった人々は。御上の親切な施しによって再び意識を取り戻すことができた人々は。無目敵共を敵だと認識できるようになったのにもかかわらず、戦わずに泣き喚いて逃げ惑った。
麻酔を解かれた人々は、叶えたい夢があったのにと無駄に強く思い出しながら、忘れていた痛みを再び知覚しながら、次々と無目敵たちに殺戮、破壊、捕食されていった。
完全知的生命体はさじを投げた。だが、またここでも予想外の出来事が起こり、彼女たちを喜ばせた。禁欲と快楽を同時に否定しつつ、同時に肯定することに成功し、零から七まで全ての大罪を状況に応じて適宜利用することを覚えた、無欲でありながらも無目的ではない新時代人がやっと誕生したのだ。
新時代人は、自らがヒーローになることではなく、自らは仮の神の立場に立ち、AKCを活用して、人類を守るヒーローを創造することを閃いた。そして救世主の誕生。完全知的生命体は四度歓喜した。それが、世界で初めて正常に稼動した人造人型無目敵。一番初めの無目敵率いる無目敵連合軍を霆撃して、三分で第六次世界大戦を終わらせた、人間の知力と想像力と電力、無目敵の生命力と攻撃力と電力、電化兵器の耐久力と情報処理能力と電力の全てを併せ持ったトリプルハイブリッド個体。日本人名二〇加屋減雄こと、対侵略的害雷生物根絶用三種混合型電化兵器、《太陽人間》なのである。
やたらと格好良い。
でもそれがさっきあっさり負けたんだから、もうなにがなにやら。
これを波乱の予感、いや、ウォーフ効果と言うのかね。
「新緑色市!? って、市丸ごとがさっきの無目敵ドームみたいになってるあの!? いいなー、私も行きたいなー」
「おう、来い、来い。そんで飯食って泊まれ。というかお前、家大丈夫だったか?」
「うん。大丈夫だった。でも職場は燃えたみたい」
「だめじゃん!」
市内にあったからねーと手ぶりを交えて笑うスー姉。ぼかーん。
嫌いな上司か同僚がいたのだろうか。
ってか明日からどうすんだよ……。
「本物のヘリオ君だ!」
「違うよ、シゲル君だよ!」
「おれ知ってるもん、本名ラップランド=ヘリオトロピウムって言うんだぜ!」
「ドップラーレーダー=アッチェレランドだよ!」
「はっはっは。ちびっ子たちよ。細かいことはなんでもよい」
東京スペースエレベーターのマスコットキャラ、三日月姫のうちゅ目ちゃんと、シャリっとしない東京りんごの宣伝大使、青森ニュートロン君を差し置いて、うちのハンサムが大人気。サインに握手に写真撮影。TSE限定の減雄グッズが飛ぶように売れる。
「SOMって、またの名多いね?」
「トリプルハイブリッド個体だからな」
あっ、また気に入った単語を何度も使っちゃった。
荷物を送ったあと、俺は東京で目覚めて初めて屋外に出た。
「うう~っ、寒~い……!」
「えっ、マジで俺が前でいいの? マジで?」
「お前らZ安全ベルトをしっかり締めろよ! それじゃいくぞ、Zウイング、展☆開っ!」
それでは折角だからということで。帰宅ついでの東京観光の始まりだ!
俺たちは水平になった減雄の背中にまたがって、星降る夜空へ飛び上がった。




