第三章 闇髪の注瀉血鬼 07 零番目
最も簡潔に話すと、七つの大罪を人の心から全部摘出したら、第零番目の大罪、『無目的』が現れた。ということになる。
「今時スマホなんか使ってるから、大事なところでバッテリー切れなんか起こすのよ!」
その形状のまま電話になった減雄レフトハンドの向こうで、にりるが言う。
「えー、でも、いくら『フォン』ってつけても、プロヴって元はゲーム機じゃん? そんな超高機能携帯電話なんか手に入れたら、十中八九、四六時中遊んじゃうよ」
「でもでもだってじゃなーいー。というかあんた、スマホでも十二分に年中遊んでんじゃん。あはは」
「ちゃんとお土産買って帰るから。東京土産」
「ふーん……」
「あとお前の父ちゃんの動画も撮ったぞ」
「ええーっ!? かっこよくタッチタイピングしてた!?」
「あー、してた、してた」
今から約四年前、世界は救われた――救われた。
つまり表向きは、零番目の大罪『無目的』なんて哲学的に存在しない。
ましてその権化、『無目敵』なんか自然科学的にこの世に実在していない。
あれはあくまで『侵略的害雷生物』だ。今や人は全ての罪を克服し、全ての欲に打ち克ったんだから、全員が全員、一点の曇りもない完璧超人。万人がシッダルタレベルに悟った神。いいや、絶対にそうなんだ! ――となっていて、それ以降に起きた本当の出来事を、人は決して歴史に刻もうとしないのである。
そうでなければ、アメリカとロシアどころか世界中の国が手を取り、《ユウロピア》という全世界統一国家を誕生させてまで罪悪の権化連盟と戦って、ついには打ち滅ぼした人類の努力が、殉死した同胞が、勝利の雄叫びが、安堵の笑顔が、希望に満ちた明るい未来が、折れて飛んでどっかへ行ったシャーペンの芯と寸分たがわぬ価値のゴミに成り下がってしまうからだ。
よってここは、人類が死ぬほど夢見た、戦争のない平和一色の理想郷となる。今俺たちが住んでいるのは、旧時代の英雄たちに、ハッピーエンドを押しつけられた後の世界なのだ。
「今の誰? 彼女?」
「んん? んー……」
こういうときは、はいと答えてもいいえと答えても滑るから、『努力に集中する』が正解だ。でも不機嫌になったと取られたらアウト、負け、敗者。絶妙な微笑&スルー具合が大事なんだ。
「…………な、何買おっかなあー」
「そうだよ何がいい? 東京だから車グッズ? どっかにまとめて売ってないか?」
「東京スペースエレベーターに行けば全部ある」
「じゃあそこ行こう」
「私、ミニドームパン十個入りとか、ご当地電化兵士つままれストラップとか買おう」
「それってさっきの場所でも売ってたよね?」