第三章 闇髪の注瀉血鬼 06 瑠璃金剛の風雷神
AKCによって二、三分で修繕された俺たちは、面倒でもこれだけはやっておかなければということで、ベタなラノベのオチごっこを早々に切り上げて病院を出、東京都内にある侵略的害雷生物処理場兼発電所、通称『無目敵ドーム』へとやってきた。
「まあ、別にいいんじゃない?」
「軽……」じゃなくて、「本当ですか!?」
「似たような前例も、ないわけじゃないし?」
金髪瑠璃眼の黒猫耳少年が、双頭鷲の眼帯で覆われていない、左の目で減雄を見上げる。
「ありがとうございます!」
人型無目敵の飼育に関した、書くべき書類も取るべき資格も初めから存在しないため、二〇加屋減雄の妹扱いになるそうだけれど、充分過ぎる。ここで処分されないのならなんでもいい。まさかあいつも、そこまで聞き分けが悪くはないだろう。
「それでも報告書はあるから、明日にでも僕が行って、適当にでっちあげよう」
今日はちょっと忙しくてね。と、三夫婦まだむは申し訳なさそうに含笑した。
「よろしくお願い致します!」
俺は深々と頭を下げた。とにかく、最終的にどうなろうと、捕獲してすぐにここで報告したから、無目敵の隠匿及び不法所持罪で捕まることはなくなったわけだ。一安心。
「なにっ!? それはいかん! ちょっと待ってろ、私が行く! 変に手を出すなよ!」
いきなりそう言って立ち上がった三夫婦まだむ氏は、左腰でXを描いた鞘をちゃきっと持ち直し、俺たちにごめん、ちょっと行ってくると可愛く目くばせして、所長室を飛び出した。
そうやってさっきもここへ来たんだろうな。人類のためには仕方がないことだとはいえ……。閉まったドアにかけられた生態系ピラミッドカレンダーを見つめながら、俺はあいつのことを考えた。自分に置き換えると、瞑鑼と寧鑼が年に数回しか家にいない計算……。
「えっ、ちょっ……、どうすんの、これ?」
着替えた結果、最早スーツでもなんでもなくなったスー姉が、俺たちふたりを交互に見る。
「どうやら餌として投げ込む手前で、こいつが半人型へ覚醒したらしい」
退院祝いにもらった東京りんごをかじりながら、減雄が机上のパソコンを親指で差す。
俺たちは顔を見合わせ、見に行きたいとは言わずに、とりあえずこの部屋を出ることにした。
無目敵ドームが一瞬間、巨大なプラズマボールになった。映画館を出、家族みんなで水族館に入って初めに現れたのは、新橋色町と同等の敷地面積を誇る、飛び込み台まで完備した、超々々巨大プール施設であった。
「あれが、二十二億九千万円もする世界最高級の『電化兵器』、瑠璃金剛の《風雷神》……!」
クラウチスタートから稲妻の速度で特攻した、全長十五メートル弱の半人ブラックバス型無目敵が、黄金の斬撃をその身に受け、空中であっさりと三枚におろされる。
「よ、容赦ねえ~っ……!」
と、いうよりは。MJが履いたプレミアムバスケットシューズでドブ掃除をしたかのような、万物に対する冒涜ともとれる狂気じみた勿体なさがそこにはあった。五十万の《曜木日》で十分だろ、三枚おろしとか……。
むさ苦しい手足を生やした両側面と、背骨が通った中央の大部分が落水し、アカミミガメ型無目敵たちに、ざばざば、バリバリと捕食される。
「あっ! あそこ!」
スー姉が俺たちの間で言った。
長々と突き出た給仕台の上。かろうじて落下を免れた胃袋の中から、びちびちと飛び跳ね、しかし即座に地獄へ落ちる子ブラックバス型無目敵に交じって、
『人間……!?』
俺たちはまた顔を見合わせ、より近くで見られるように階段を探した。
「人工の溜池には在来種の魚なんか絶対に住んでないんだから、放流したっていいじゃーん! 幼稚園児が考えたって正しい! 国のモンならオレにだって利用する権利がある! 魚なんざ在来種と全部入れ替わっても正直おんなじだろうが! ああァっ!?」
そこには、大金をかけて若作りしていることが一目で判る、初老の男がいた。
三夫婦まだむが空中で、二本の刀をX鞘へ、バチンと火花を散らして仕舞う。
「ひぃっ! こ、これが唯一の生きがいなんだよ! 生きがいを、奪わないでくれよぉっ!」
「ワシントン条約の付属書Ⅰに記載されている、タガメ、タイコウチ、ミズカマキリ、アカハライモリ、ニホンイシガメの生態を答えてみろ」
「? ……?」
柵のこちらの女子も答えを教えてほしそうな顔をしたので、俺はいつかあいつから教わった、石亀の行動範囲を教えてやった。スー姉は短く中学生かっ、とその辺の虚空に突っ込んだ。そうだな、お前も、どちらかと言えばツッコミだよな。
「空とか陸から、天敵のいない人工の溜池にこそ来るなんて、知らなかったんだよぉ~っ!」
「幼稚園児でも判るだろうが! 魚以外にも水の生き物がこの世にいるってことくらい!」
「ギャッ!」
「……まあいい。人格のデータを書き換えれば、三十秒で済むことだ」
「わぃんっ!? んいやああだぁあああああああああああああっ! ママぁあやぁああっ!」
助けてもらったのに口答えなんかするからだ。俺は合掌して目を閉じた。
「良い子のみんな、ブラックバス型無目敵は、釣ったらリリースせずにしっかり殺そう!」
そして二〇加屋減雄がまた熱血に、ここぞというときにだけ口を開いて、それっぽいことを良い声で言った。
いや、しっかり殺そうて。
確かにそうだけど。