第三章 闇髪の注瀉血鬼 05 スキップ
もしも俺が俺ではなくおれであったのならば、『お前は一体全体、何人目の何藤英明なんだよ!』とでも、心の中で人知れず突っ込んでいたのだろうが……。
口をあんぐりと開け、目を大きく見開いた観衆の中を、《裏瞑鑼》がスキップでやってくる。
あー、夜だからかな?
夜だからお外がお家の中と一緒になって、阿波人格にもなれたのね?
「お兄ぃ、みて、みて!」
そこには昔年の好敵手であるバショウカジキをついに釣り上げた、熟練の漁師の姿があった。
「お、おう……! 見た、見た。すげーでかいの捕ったな? かっこいい」
褒めると瞑鑼はむふんと笑って、眼帯にまた例のハートを点滅させた。
「ええっと、これ。うんっと……?」
「ぐぅがああああああああっ! ギュアアアアアアあああっ! うんるるあルルウうっ!」
「こら! 静かに。――これね? ……飼いたい。って言うたら……、怒る?」
「お前……。こないだのカラスヘビ、断腸の思いでリリースしてたもんな?」
「断腸ってほどでもないけど……。んふw だんちょーwww」
ちょっと待って。みんな。ドン引かないで。後で絶対説明するから。約束する。今こいつをテキトーにあしらうという、ただハイリスクなだけの難関へ無意味に挑戦して、アホみたいにあっけなく攻略に失敗したら、0・01秒で世界が滅ぶってことくらい、解るだろ♪
「……それが、お前の『やりたいこと』――か?」
真っ直ぐに瞳を見つめ、真剣な顔でそう訊ねると、瞑鑼はじっっっと俺を見つめ返してから、腰砕けの上目遣いに、吸いつきたくなる唇を合わせて、小さくこくりと頷いた。殺す気か。
「偉いぞ、瞑鑼、ついにやったな! 飼っていいよ! 事務手続きは、俺に任せろ!」
「ええ~っ! ほんとに!? やったぁ♪」
こんなに喜んだ顔を見たのは、いつ以来だろう。
つと目頭が熱くなる。俺も随分歳を取ったな。
「……よしよし」
「うひゃへ……!」
うひゃ、へ……? うひゃへついにもう一度! 頂きましたぁバリバリバリバリ!
「ああああああああああああああああああっ!」
結論一、三つ子の魂十八兆まで。結論二、《電気》=《完全体突っ込み》。理由は、突然誕生した同族に惹かれたから。そして、勝利条件を『殺害』ではなく『捕獲』にしたこと。これが、先に述べた発想の転換である。
でもまあこんなものは、俺が客観的に分析して、解説のために組み立て直した詭弁に過ぎないとも言えるが。本人はシンプルに、『珍しいからGETしたい』という衝動に、突き動かされただけに違いない。『殺されるから退治するしかない』などとは、微塵も閃くことなく。
「ななめっ!」
「そっ! その声わッ!」
十八兆年振りの再会。痛いほどに握手を交わした俺たちは、人目も憚らずに抱きしめ合った。今回聞いた女子の悲鳴からは、どうしてか生きる力がひしひしと感じられた。嗚呼、平成生まれなのに郷愁を感じる、魂に刻まれた背景の昭和エフェクト……。
「ってそこは完全体突っ込めよ!」
「? ……お前、何言ってんだ?」
俺は突然みんなとの約束を破って頭から地面にブッ倒れた。
あっ、血か。それとも毒か。いや普通に電気か。いきなり動けん。
苦痛を感じないというのも、なんだか困りものだなあ。




