第三章 闇髪の注瀉血鬼 04 散瞳
七七七瀬瞑鑼はどうやって、ヒューマノイド・エイムレスネスに勝利したのか?
百三十億ボルトという、旧時代の科学者をあざ笑った電圧。AKCによる、飛行能力と再生能力。世界最強の高校生雷兵器さえ一刹那で束縛する、電気毒蛇包帯。命を瞬時に廃棄物へ変える、右腕の注射パイルバンカー。僅かに触れただけで、0カンマ数秒の間に、六千億人分の人生を強制的に体験させることのできる、一周回って慈悲深い左手。
どうやったって敵うはずがない。誰が考えても勝ち目がない。おいお前、まさかとは思うが、発想の転換で勝ったとか言ったらぶっ飛ばすぞ――?
しかしまさしく、彼女はその発想の転換で、この戦いに勝利を収めたのである。
「ついに出た! 常識と建前という人間社会においては必須の拘束具を完全に取り払い、内に秘めたる破壊衝動を七百七十七パーセント解放した攻撃特化型人格! 《完全体左瞑鑼》!」
右目へ移った逆三角の眼帯には、ライムグリーンのスリーアローマークが輝き、ようやく人前に姿を現したその左目は、虹彩を染めることではなく、極限まで散瞳させることによって、オゾンシルバーからアーテリアルブラッドレッドの瞳へと――、
今変わった。
「ううううう……、オオオオオオオオオオオオオオ―――――…………ン!」
「くふふ、くふくふ……。あああ――アアアッハハハハハハハハハハハァ!?」
幹之スーパー光色の逆鬼火髪が、超高圧の電流を浴びて、正真正銘の鬼火になる。
紫の大蛇が燐髪の霊女を乱れ撃つ。
闇髪の聖女がバットごと振り回されて、お尻から地面へ激突、
地上にキダチルリソウの花が咲く。
『っ、ええ~~~っ!?』
ふたりが驚くのもよく解る。
どうして今まで戦わなかったのかは、もうすぐ判るからいいとして。
一旦距離をとろうとした敵が、髪を引っ掴まれて地面に再会。破壊針が牙を剥くも、難なくかわされマウントをとられる。放たれた雷と共に俺の妹が天へ昇る。敵が地面を蹴って突撃。しかし今度はその針が、黒いカーディガンに絡めとられる。また電撃。
「いやいや、一体どうなってんの!?」
「普通死ぬでしょ!?」
スキル《人間嫌い》の発動。
人間からの攻撃だけしか七七七瀬瞑鑼には刺さらない。
初めから無目的だったから、無目敵タッチも効果なし。
デフォルトで五感過敏持ちだから、あれも常に体験中。
また、みんなも既に知っていると思うが――人間の右顔には理想の善人、左顔には本性丸出しの悪人が表れるものだという。自撮りして、真ん中に手鏡を置いてみよう。右顔×右顔だと好青年に。左顔×左顔だと凶悪殺人犯に見えたと思う。解っていても改めてゾッとしたかもしれない。
対人間用嘘人格《表瞑鑼》と、治癒特化型人格《裏瞑鑼》こと《完全体阿波瞑鑼》から成る《右瞑鑼》が、可愛い過ぎたのはこのためだ。こちらの脳が勝手に右目を鏡映しにして、あいつの左顔にはめこんだ結果、全体のイメージがホワイトの方向へ倍増していたのである。そして今はその反対。天使の右目を隠すことによって、相手にぶつける悪意を倍加させている――だから強いんだ。
「うううううううううううううるるるらぁぁぁぁぁああああああああああああっ!」
「ガッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
――ってそんなアホな。
これも全部《AKC》、《あくまで科学の力》の所為だ。
何せあのとき、地球全体が、あんまりにも無感情に、それでアプデされたんだから。
俺たち全員を乗せたまま。