体験版 007 狐に小豆飯
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テーマを抽出してみるなら、
『今時の若者の恋愛事情』となるだろうか。
ネット上では、ゆとり以後の男は総じて草食系。と認識されている印象が強いけれど、『じじむさい』だの『若々しい』だのというのは、年齢ではなく個性に寄るものだと僕は思う。
実際に生身の人間と対面すれば、頭の僕の知識も変わる。
多すぎる“例外”に舌を巻く。
現代っ子らしからぬハングリー精神が、稼ぎも計画性もない両親のもとでは、現代でも逞しく鍛え上げられるのかもしれない。
いやきっとそうだ。
――なんにせよ。
とにかくそれは、ちょっとした“騒動”だった。
降りかかった火の粉――と、いうほどでもないけれど。
冷や水を浴びせられても、蛙の面で帰宅して、過去をバッサリ切って捨てればノーダメ。
で、間違いないことにしよう。
生きた人間に面と向かえば、『NO』と無下に断ることが、意外と容易ではなかったとしても。
さて、どうしようか……?
個人的には――、卵から肉を作っている場合ではマジでない。
(ジュンジュパターンか、メドウさんパターンか……)
不変っぽいチェリーセージと、もとより原形なんて あってなかったような銀の妖狐。
(いや、ウルフマインは、顔は一緒で性別だけ変わっているような予感も強いな)
(ハグしたあとで、雄っぱいだと判明、からの昭和リアクション……)
みんなだってそうだろ?
いきなり核心へは凸できない。
青い空を流れる雲も、心なしかせわしない。
(――スマホで一体、誰に何を確認する?)
(果たして僕の内面は、完璧に『改変』を免れているのであろうか……?)
ともかくこの時の僕は、何かしらのエンカウントを期待して、アンテナをできる限り大きく広げ、フィールドへ飛び出してきているという状態にあった。
『あと5分』を5分後に、何度も繰り返していた。
「――ねえ、きみ! なんか今ちょっとさあ――、ゲッ!?」
「?」
春が来たと勘違いして手を振り返してしまうことに比べれば、少しも恥ずかしくはない。
しかし、勇気を出して声のした方へ振り向いた僕も、同じ様に彼女の出立ちに驚いた。
発育の良い中高生か、思ったほど身長が伸びなかった大学生かは判らない。
後ろ髪は実写版だと言っても過言ではない、健康的な馬の尻尾。
そして全身がつま先まで、ガンガンに下着を透かして ずぶ濡れだった。
「……何か、用ですか?」
僕は投げやりにぶん回していた黒の日傘を握りなおして、敷地外からの覗き魔に対峙した。
「ちょww こわい! えっなに!?w えっ、暑くないの、それ……??w?」
言われてみれば確かに暑かったので、日傘をゆっくり開いて向き直ると、彼女はちょうど尻もちをついたところだった。
女の子座り、湯気が熱かった落し蓋。
衣服の水分が吸い出されて、楕円形に影だまり。
「えっ、ちょっ……、あんたが犯人!?」
とりあえず笑ってしまう段階を、果敢に乗り越えて立ち上がる段階。
犯人?
「ああ、海に突き落とされたのか……。愉快犯が出て、逃走した?」
「え? ああ、いや、これはただ、服のまま遊んでて――///」
特にヴィーナスを誕生させることもなく、えへえへと頭をかく彼女。
確実に陽の者。
しかも島外の。
「じゃあそうやって仲間うちで、地方ロケ芸人ごっこやってる間に、荷物かなんか盗まれたんですね? スマホですね?」
「おおっ!? そうだけど! きみって実は探偵なのかな!?」
合わせた掌を純粋な“ノリ”で左右へ動かしてみる動作が、なんともチョロイン。
その辺に干してあったバスタオルをひとつもぎ取り、無言で投げ渡す。
――こういう、運動神経の優れた 遊ぶの大好き系と、謎の自信に満ち溢れている女性エッセイストには、昔からライバル心が煮えたぎる。
僕だって、真面目系クズが真面目系クズなまま、大勢から支持される夢を、自分を信じてゴリ押ししよう。
いつだって諦めた途端にお叱りを受けるんでね。
「――ちょっと、聴いてた!?」
聴いてなくてもお叱りを受ける。
やっぱり引き籠るしかない。
「待て待て待て待て!w 光の速度で心が折れるな!w だからさ!?」
喉を締め上げなければ黙らないパワータイプが実在するのは以前にもどこかで述べた通りだ。
あちらが絶対に最後の一言まで、こちらの耳へ届け切ってしまわずにはいられないのなら、僕だって広告を流された瞬間、普通なら気になって仕方がない“解”ごと、永遠に興味を失おう。
「この辺にぃ! ピンクの髪の女の子、住んでない――っ!?」
「!?」
「いや、女かな、男かな……、その辺はよくわかんないんだけど、とにかく疑ってごめん。やっぱしきみじゃないわ。きみだって充分に怪しいけどさw あれだけ走ったら汗だくになるはずだもの? 少なくとも息切れは――しなくても、もうちょっと顔に、赤みはさす」
犯行後にカツラを外してモブに紛れた可能性でも、閃いていたのだろうか。
それならピンク髪の犯人(仮)を探す意味もなくなってしまうのでは……?
「、緑の髪の女の子なら知っているが」
「緑?」
「とにかくピンクの髪は知らない。僕の名前はケインズだ。よろしく」
「ああ、よ、ろしく……。私はマーアよ?」
マァア?
待てよ、そいつは確か、紫キャベ男の……?
「マーア、ルーイ。はいこれタオルありがと♪」
何カリオンのアナグラムでも、なさそうだな……。
「でもほんっと許せないわ! あいつ! 大事に育ててた網の上の肉という肉を、ひと通り齧って行きやがったのよ!? 実に絶妙に皆でワイワイおいしく食べられやしない!」
……ううむ、まいったな。
いったいこれは体験版の世界の、何ポズドオが犯人なんだろうか。