体験版 006 snatch
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また『じゃまねえ』などとぼやきながら、どうにか収納できるわけないのに、“ロケット”をこねくりまわしている。
お尻派はありえないと勝ち誇る連中に、じゃあ金輪際『人魚だった……ガッカリ。オチ』で評価をねだるなよと詰め寄ったら、ロジカルハラスメントになるのだろうか?
「浴衣を着せるわけじゃないんだろ?」
荷物を見るからに。
「いや、男性なのよ。う~ん……」
男性……?
ヘアカラーはゴールドアッシュ。ヘアスタイルは、おでこを出さない“メンズ”のウルフ、ネオウルフ。僕のような、むっちり党のロング厨には、100%男子に見える後ろ髪。
なかなか居なかったんじゃないかな?
頑なに“どこに”と言わなければ、曲解されること間違いなしだけれど。
ウルカリオンだって、いくら心は男気でも、首から上まで美少女だったし。
ショートと言っても“サイド”の先が、鎖骨に届くくらいはあった。
「ん~、まあいっか♥ てきとうで♪」
間違いなく心ゆくまで模様替えしてから言った。
いや、言うつもりだったな。
「意外とぜんぜん似なかったりするからねえ。似せにはいくけどさあ」
ごそごそ。
(誰のことを言っているのか……)
成程、確かにそいつは“男性”だ。
「おっ、ヒゲじゃん! ヒゲ!」
すかさず装着するメリト。あんまりにも似合いすぎるイケメンすぎる。流れるように撮影するデビルエンゼル。顎とかにもいっぱい貼るメリト。連続する無言のシャッター音。
(そういや“あっち”でも、将来ヒゲを生やしたいだのなんだのと言ってたよな……)
というか、
着やせするハリウッド俳優っぽくもあり、プロサッカー選手っぽくもあるこの、“遊んでる”というよりは“子供心を忘れていない”サーファー顔って、ひとことで言って何だっけ?
「はい、ジュンくんはこれ! 上脱いで着替える!」
「ぉ? ちょっと待って、これ黒Tじゃん! 俺、黒似合わねえんだよな~っ!♪」
登場時からタンクトップに透けていた乳首は、褐色の地肌に鮮やかに映える桜色だった。
実に当世風なサービスシーンだ。
脇にも脚にもムダ毛はないと、公式で言明しておこう。
僕は口直しにマンガアプリで、ギャルとメガネのラブストーリーでも嗜もう。
(ザ・アイドルオタクな外見の百合豚を、無理して主人公にする必要はないのか……)
(だいたい“オレら”はモヤシメガネ男子に、スムーズに自己投影するものだから?)
「あっ、あとまだ着るものあるから! 今ちょっと持ってくるから!」
『?』
横倒しになったデカいバッグからは、白と黒のヘッドフォンがこぼれている。
(海外の若手バンドグループかなんかかな?)
ライムちゃんは少なくとも “向こう”では、音楽の創作活動やってたから、僕よりは確実に、洋楽周辺の造詣は深いはずである。
ラテン音楽、魂に響くけど、スペイン語わからなさすぎて、耳から仕入れた歌詞からじゃあ遡上できないんだよなあ……――あとは、重要な単語に傍線を引くように、自己を際立たせる目的で芸人がよく愛用する“黒縁眼鏡”と、サングラスと、
「あれ? なんだ服ここにあるじゃん」
「あん?」
――あいつ、もしかしてこれを捜しには行っていまいな?
しかもなんか小癪に、さっき上下別のを着てた理由がここで判明してるし。
出てきたのはグレーのパーカ、フード付きのトレーナーだった。
これは刺繍か?
「運転手? どういう意味?」
さあ……?
福笑いというか、ジグソーパズルというか、ルービックキューブみたいなものだった。
つまりは友だちの前で白米にワンバンさせた焼肉のタレのような“おいしい”誤謬。
「My girl!」
「My boy!」
「No way dude!?」
「Wait a second!?」
というかそもそも、『転移』だの『転生』だの『改変』だのの被害に遭って、底知れない自己愛から同情を求めて取り乱してみせるのは、フロア340のガラス床では学生気分が未だに抜けない、退屈な日常が本当は大好きだった重役だけだろ。
「What is going on!?」
「How's it hanging!?」
退屈だろうが食うに困らない今後を、ギリだろうがリアルに、手に入れられそうになかった底辺が標的にされても、正直言って、独房から独房へ移されたような感覚しかしないんだ。
「BRO, THIS IS F*CKIN' DOPE! DUDE!?」
「Freakin' good! This episode is TOP TIER MEMES!」
女性のいない世界に飛ばされたら?
安らぎの共感を分かち合えた“男嫌い”な同族に、異世界から攫われてきた女子が複数名、男装して紛れ込んでいた展開でも、読者様の顔色を窺う神様の方から望んでくれるだろうよ。
「ふぃ~っ、まんぞく♥」
おおいそぎでSNSに、写真も動画も投稿する。
「おおっ、みてみてこれ。こんなリクエストも」
「んん?」
「ほお~」
「じゃあ絶対私がMariでしょ? アプリで紫に変えればいいし」
「INTERGALACWHIP!」
「今すぐやるならCourtney Freaking Millerの方がお手軽ねえ……♪」
どこから出したのか、適当なメンズのハットを被ってみたJJが、
「だれw」
「まぜんなww」
箸が転んでも番茶も出花。
じわじわ……。
牛脂の仕事を代わりにがんばる、第一投目のパティちゃんが、ぎゅうと使い捨てのビニール手袋越しに、焼けた鉄の上で整え直された。
「また変更や……、やっぱりこれ、まだまだ結構時間かかんなあ。いや――」
ぶつぶつ……。
いろいろと散らかっているのでまとめよう。
まず、ライムちゃんが持ってきた『着るもの』とは、チャコールグレーのカジュアルジャケットだった。
成程そいつは雑に調理台の上へ放り出しておくわけにはいかなかったよな。
ボクサーパンツは薄紫色。
おそろいなのが癪に障った。
つけヒゲは狼の男を更にアゲるためのガジェットではなかったのだ。
入念に額を隠し、黒の眼鏡とヘッドフォンと、『運転手』パーカを装備する。
JJニキの方は、最後に“困り眉”を強調するメイクだけ、簡単に施されていた。
マイガールまで戻る。
…………。
そしていま目の前に並べられているのは、