体験版 005 世紀末なアダムのリンゴ
5
どうしてお前がここにいる。
「よう、バァーミキュライト! 相変わらず貧相な身体してんな!?」
しかもいやに上機嫌で。
ピン♥ポン。
「乳首、すな!w」
『第3』の世界では、こいつが『おぷてぃみ荘』に住んでいたりするのだろうか? 本日まだ見かけていない《涙滴鵞鳥団》の面子の代わりに。
「ラッ、ライムちゃん! 今日も一段と、女神ね!?」
「ありがと女神♥ ビューティフル♪」
私かわ“いいね”のいっぱいついた、架空の直射日光を 遮り仰ぎ見る小顔ウインク。
いや、『ライムちゃん』て。
一体全体何を指してビューティフルなのかは皆目見当がつかないが、これはあくまで悪魔を模した角なんだとでも言わんばかりに、ひとつも“ママの味”じゃない耳に”エア”の髪を、うっかりいつもの癖でかき上げる。
ちなみに衣服は僕が促すまでもなく、自発的に『おぷてぃみ荘』の、ほぼメイド服な制服に途中で着替えた。それに合わせて髪型も、大好きマンには女神に映るらしい “侍ポニーテール”へ。
ぜんぜん侍でもポニーでもないけど。
危険な香りのスマイルダブルピース。
いや、ウエイトレスの制服って、もともとそういうものなのかもしれないが……。
「――で、これ。頼まれてたやつ、持ってきたぜ!?」
「あら、ありがとう。とっても助かるわ」
「♪ どこ置いとく?」
「もうすぐ使うから、その辺に適当に~」
「了解~っ♪」
今いる場所は、焼き肉店の奥じゃなくて、寮の方の調理場だ。
絵面としてはそんなに違いがないけど。
「おう、バァーミキュライト、テメェコラ、せっかくの日曜なんだから、もうちっと楽しそうな顔しろや。暗くなんだろ、お前の所為で周りがよ? お?」
月曜の影が落ちた真っ暗な日曜なんか、人生で一度も楽しいと思ったことがないね。
「ばかか!? 日曜日が一番楽しいんだろうが!」
金曜が2位で、土曜が1位です。
「かぁ~っ、これだからお前は、いつまでもヒョロガリモヤシなんだよ、ちょ、マジで乳首ヤメロ/// コラ!」
そっちこそいい加減、恥じらいをやめやがれ。
そしてお前もゴリかガリかで分ければガリ側の人間だろうがよ、さっきからよ。
「、というかお前は何をずうずうしく頼まれて持ってきやがったんだ? え?」
「ひみつぅ~。見んなよ、お前のじゃねぇーよ」
「ちょっと、ふたりとも! 喧嘩してる暇あったら手伝って!」
「はいっ!」
「あら偉いわ、ジュンジュン♥ 卵出して、パックごとよ?」
顎で使われた六六君は、お礼に後で肩を揉んでも構わないという許しを頂いていた。
なんという悪辣な錬金術。
パン粉、片栗粉、料理酒、みりん、塩こしょう、しょうが、コンソメ、ひき肉。
真上から半分にカットした玉ねぎの、皮をむいて根を除いて、いわゆる『簡単みじん切り』。深皿に乗せて、水を少々。小鉢をかぶせてレンジの中へ、500wで5分チン開始。
フライパンに適量油を引いて、火をつける。――弱火。
ボウルに卵を2つ割り入れ、菜箸でよくかきまぜる。
そしてそれは――いったん、置いておいて??
デビルエンゼル様は、実に普通に、熱したフライパンへまた別の生卵を割り入れた。
じゅう~。
焼き目、水、蓋、蓋を開けて水分を飛ばし、お皿に乗って出てきたのは、ごくごく普通の目玉焼き。
『??』
いや別に、作ってもらっておいて、文句を言う筋合いは、どこにもないのだけれど。
チーン!
あ……そうだよな。
ハンバーグを一切作らないで終わるという結論を下すのは早計だった。
「憶えておいてほしいのよ」
手際よく洗いものを節約しながら彼女は言う。
「その形を、質量を!」
? 何の話だ?
「写真に収めてくれてもいいわ。指で触ってみてもいい」
目玉焼きが2個……以上の、情報がここにあるとは思えないが。
「ジュンくん、これ、冷蔵庫に入れて! 鍋敷きが無かったら台ふきんを下に敷くのよ!?」
あめ色になった玉ねぎが、フライパンごと、日焼けした紫髪ギャル男の手に渡る。
溶き卵にひき肉を加えて木べらで混ぜる。パン粉は結構ドサドサ入れる。片栗粉ってなんで入れんの? ぐるぐる。残りの調味料は、いずれもごく少量だった。
ゴミを分別、菜箸を洗うついでに手も洗う。
「あー、肩こった!?」
「はい、ただいま! おい、バァーミキュライト! お前もなんか手伝えよ!?」
ちょうどこの時、もうひとりこの調理場へ、のそり顔を出した者があった。
向かいの2人の目線をなぞって、僕は後ろを振り向いた。
妙に長い手足。薄い胸板。パーマをあてた“男のロング”。両耳に銀のネジピアス。――紫キャベツをかぶったゴボウは、ひとつも外見に変化はなかったのに――、
「おっ、ジュンジュもいるんか。じゃあお前も一緒に行くだろ?」
「あ? どこに?」
「いや今近くに――おいおい、退かなくていいよ」
いや、コーヒー淹れる……。
「ああごめん」秒で切り替えて、テーブルに身を乗り出す。「なんつったっけな……いーよ丸じゃなくて――えーと、とにかくとある豪華客船が、近所の島に停泊するらしい。んで、なんとそこに乗ってるっていうんだよ! レプリカだけど、《T‐R BB》が!」
『ティーアール、ビービー?』
「もみじ饅頭って、ティラノサウルスだっけ?」
あほか、どういう英語だよ。
「“ブラック・ビューティ”でしょ。マンガンを多量に含有する地層に包まれた生体が、長い年月を経て“置換”された結果、またまた長い歳月を経て、《T‐R》の全身骨格そっくりそのままの、黒光りする“化石”となって出土しました」
「さすがブラック・ビューティさま!」
この、現役のヤンキーのチャラ男の癖して意外と的確に人を選んでお調子がいい紫キャベ人だけは、どの年代に居ても、少女漫画の中に居てさえ、違和感なさそうな気がした。
「――それで、拝みに行こうってわけか。見物料とかは?」
「そういうのはないらしい。というか島のイベントで、乗客がひと晩、飯要らなくなるから、船の宣伝をかねて、島民の方にディナーを開放する――ための客寄せ用として積み込んである――、みたいな? まあ乗客向けがメインなんだろうけど」
『へぇー』
「あ、でも豪華客船っつっても“風”だからな?」
『ふう?』
「中身がラグジュアリーっつう、最近の最新の大型のフェリーだよ。それにどうせマジもんの豪華客船に乗れたって、中身はほとんど客室だし、映画もゲーセンもコンサートホールもプールも、別にこの辺の陸地で普通に――……」
僕はちょっと距離を置いたところで、砂糖だのミルクだのを、文語的適当に用意する。
“アダムのリンゴ”がえげつい、猫背の使いっ走りが、粗熱取れたか確認しにきた。
ああもう、氷取ってんだよ、こっちはよ。
「ライムちゃん、まだちょっと熱いな!?」
こいつ素手で触りやがった。
「あらそう、ありがとう」
鼻柱と下唇にもネジピアスの貫通してる、世紀末なデザインにしてやろうか。
「だったらそうね。ちょうどいいから、先に別の用事を済ませちゃいましょうかね?」
別の用事?
要点はおさえて自ら率先、生ものを簡単に冷蔵庫へ仕舞う。
感謝されたい一心で、フライパンを片そうとした“浅黒フェイス”が、まだそれ使うと大声で制止されて、男子小学生の苦笑い。